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    • 2017.12.04 Monday
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    八高線自転車さんぽ

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       JR八高線は県東部に住んでいる僕にとってなじみの薄い線だ。日常生活で出かける場所ではないし、仕事でも訪れる機会がない。かといって遠出のおりに利用するかというと八王子から高麗川、高崎と結ぶ路線は都心から放射状に延びる幹線と違い、遠出の目的には合わない。だからこれまでだってせいぜい四度、五度しか乗ったことがなかった。
       小学生のときに近郊区間大回り乗車をしたときに乗ったのが初めてだった。そのころはまだ近郊区間が群馬県の倉賀野までは広がっていなかったので、大宮から川越線に乗って高麗川で八高線に乗り継いだ。当時はまだどちらも気動車が走っていて、僕の記憶に頼るなら、川越線でキハ30で、八高線でキハ20に乗ったように覚えている。当時の川越線は大宮から高麗川を走っていて、八高線は八王子と高崎を行き来していた。東北新幹線の開業に合わせて埼京線ができると、川越線は都心から大宮を経由して川越まで結ぶようになり都心と川越、川越と高麗川に分断された。やがて八高線も八王子と高麗川のあいだが電化され、今は八王子と川越のあいだ──つまり八高線と川越線にまたがって──直通運転している。拝島経由で中央線の東京から高麗川までやって来る列車もある。高麗川から高崎ヘは非電化のまま残り、キハ110の気動車で区間運用している。

       平日、仕事に向かう途中のJR駅で、「八高線さんぽ」という冊子を手にした。
       僕は駅のラックにあるこういった冊子や情報誌が好きで、よく手に取ってみる。サイクリングのネタにしたりもする。
       拝島から東福生、箱根ヶ崎、金子、東飯能と高麗川という電車区間での見どころを紹介していた。
       行こう、と土曜日の朝急に思い立ち、冊子を開きながらルートを引いてみた。

       飯能市内の公園を起点にした。
       入間川を渡り、西武線元加治駅の脇を抜けてまずは高麗川へ向かう。道があまり広くないわりに交通量が多い。できるだけ地元道や里道を選んだつもりではあったけれど、住宅街がどこまでも発達していて、車も奥まで入ってくるようだ。
       それでも選んだ里道が当たるとうれしい。菜の花畑を抜け、ちいさな林のあいだを抜けていく。小ぶりな踏切で八高線を渡った。
       最初に訪ねたのは冊子でも大きく取り上げられていた高麗神社だった。
       自転車を止め、参道を歩いた。光の良く差し込む神社で、うっそうとした薄暗さはなかった。お参りをして自転車に戻る。
       四里餅(しりもち)が食べたくなった。
       このあたりの銘菓なのか、道路わきの看板をよく見る。テレ玉だかJCOMだかでも目にしたことがあった。店を調べてみると、もともと引いてきたコースから少し外れる程度で立ち寄れることがわかった。
       菜の花がきれいに咲き誇っている巾着田のわきを抜け、橋を渡るとバーベキューをやっている飯能河原が見えた。西武線、高麗駅の踏切を渡る。ここもまた小ぶりでかわいらしい踏切は僕好みの光景だった。しばらく待って、踏切が鳴りここを列車が通過して駅のホームに入っていくのを見てみたい衝動に駆られた。
       でも、先に進む。
       踏切からまっすぐ進む道は里道にも似た風情になった。もうここは引いてきたルート外。方角の見当をつけ、その里道を上った。坂でどんどんと小高い丘陵部を上ると奥武蔵の山の連なりが見えた。常緑と新緑がまだらに山を染め、でたらめなパッチワークになっていた。あの山は奥武蔵グリーンラインの通っているところだな、と思いだした。
       里道はそれほど距離もなく住宅街の裏手に出た。そこには区画整理された、大きな家の多い立派な宅地が広がっていた。僕は驚く。ここは飯能よりも先、坂の多い街でこれだけの宅地が広がっているということに驚いた。そのなかの坂道を上り、そして下った。下りきったところで県道にぶつかった。
       四里餅は見慣れた文字の看板ですぐにわかった。ここが本店らしい。僕はおみやげ用に四里餅とまんじゅうを買い、ここで食べたいと四里餅を分けてもらった。するとさらに載せてお茶と一緒に出してくれた。
       いすに座ってお茶をいただいていると、ひっきりなしに客足が続く。



      (こういう道を走ると楽しい。もっとたくさん見つけたかった)




      (高麗神社、明るくてすがすがしい神社だった)



      (四里餅、買ったその場でいただく)


       一度飯能の町近くまで下り、また坂で丘を越える。けっこうな坂が続いた。そういえば2年くらい前に八高線の電車に乗って先頭を眺めていたら、東飯能を出てぐんぐん坂を上り、金子、箱根ヶ崎に至ったなあと思いだした。ちょうどその丘越えをしているのだ。
       高台に出るとそこは一面茶畑になった。まるできれいに刈りそろえられた庭木のようだった。茶畑のなかを抜け下り坂を下っていよいよ福生に近づいてきた。八高線の線路を渡り広い基地があらわれた。金網越しにそのようすをながめてみても、静かに落ち着いたそこは旅客機の空港と違いがわからなかった。
       横田基地周辺のアメリカナイズドされた町並みは楽しみにしていた。ただ僕の下調べが悪かったのだろうが、そういう場所の多くをめぐることができなかった。やはり朝思いついて突如ルートを引いたってだめだ、情報が少なすぎる。基地沿いの道に並ぶいくつかの店をみただけであとは特徴的なものを見つけ出すことができなかった。外人は、多かった。どちらかというと八高線の線路が基地の敷地のなかを通っていて、一箇所の踏切が僕らなどふつうの人には渡れないものだった。へえおもしろいって思う。帰りの電車から眺めてみよう。
       東福生の駅から輪行をしようと思っていた。少しだけ遠まわりをして福生の駅前までまわってみる。こちらはJR青梅線の駅。しかし福生に近づけば近づくほど、日本の街なみになった。住宅街だった。情報が足りない。八高線さんぽの冊子は背のリュックに持ってきているのだ。立ち止まって開いて見てみればいい。しかしサイクリング中に荷物を取り出すというのはおっくうになっていけない。


      (きれいに刈りそろえられた茶畑)






      (本日は、ここまで)


       輪行をする。たったふた駅だ。
       ふた駅だから走って戻れる距離ではある。でもいい。
       八高線さんぽにやって来たのだ。自転車に乗り、電車にも乗ろう。

      菜の花・さくら・鉄道(3) ──房総私鉄沿いサイクリング──

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         大多喜を出発してから全般的に坂基調ではあったけれど、おそらくこの上総中野駅から養老渓谷駅のあいだが最も上らなくちゃならない区間かもしれない。じっさいここまで鉄道に沿うように走って来たけれど、この区間はそういうわけにいかない。線路のそばに道がないから。ルートはふたつで、ひとつは小湊鉄道に沿いながら北に進路を変えて丘陵部を越える県道32号。養老渓谷駅の先で合流するので駅に行くには戻る必要がある。もうひとつは国道465号でいったん鉄道から南にそれ、清澄養老ラインの県道81号に入り養老渓谷沿いに北上し駅に出るルート。南回りのルートは距離が増える。Uさんの計画ルートは北から回るルートだった。
         そして道は丘陵部を越えるために上り続ける。おそらくこれまでで一番長い上り。僕らはその坂をゆっくりと越える。小湊鉄道は、この区間の路線が急峻なのか屈曲が続くのか、あるいは単に需要によるものなのか、養老渓谷から先、上総中野へ向かう列車はおよそ半分になってしまう。わずか最後のひと駅なのに。
         おのおののペースで丘陵部を越えていくと、Uさんが道端で止まっていた。
        「ここを左へ行きましょう」
         鋭角に派生した道はひどく狭くて急な坂道のうえ、荒れていた。
         道は養老渓谷への短絡路だそうだ。僕は往復がピストンルートになるよりも少しでも行きと帰りが違うほうがいいし、なによりこんな里道──里道にも満たないとも言える──がうれしくて仕方がない。
         僕はもろ手を挙げて喜んだ。──行きましょう行きましょう。横でHさんがいささかけげんな表情をする。確かにロードバイクが入っていく道かと言うと、人によっては微妙だろう。狭いので間隔をあけてばらばらに走った。急な下りと急な上りだった。
        「畑林道を思い出しました」
         と僕はUさんに言った。
        「もっと長くて荒れてますけどね」
         とUさんが答える。
         南房総にある畑林道を訪れたのは一昨年の冬。Uさんと一緒だった。このときのUさんは当然ながら小径車だった。

         養老渓谷駅前は人であふれていた。上総中野も人が多いと思ったけれどここのほうが多い。車で混雑した駐車場の脇にバイクラックがあったのでここに自転車をかけた。
         足湯有料、菜の花畑徒歩15分、トロッコ列車運転――。さまざまなキーワードが脈略なく飛び交う駅前、ぱっと見僕にわかるのは足湯だけだった。ふたりほど足を湯につけて楽しんでいる。それ以外は何のことやらよくわからない。
         Hさんが「山菜そばが美味しかった」という駅前食堂に入った。やっと昼食だ。僕とUさんがHさんが美味しかったという山菜そばを、Hさんは「気になってた」という山菜ラーメンを頼んだ。
        「SLが走っているんですよね」と箸を進めながらUさんが言う。
        「そうなんですか? ここに? 知らなかった、どこかの鉄道から機関車を買ったのかなあ」
         僕はまったく知らなかった。小湊鉄道ってそんなことをやっているのか。いすみ鉄道はJRから旧国鉄の気動車を譲り受けたり、新造車を旧国鉄気動車に似せたデザインで造ってしまったりと驚かされてばかりだったけれど、小湊鉄道も新たな試みをやっているのだ。東武鉄道がJR北海道から蒸気機関車を借り受けたように、どこかから入手したのだろうか。
         食事を終えて食堂を出た。山菜ラーメンにためらいがちだったHさんは全然ありだと言った。
         駅前ロータリーには駅舎から長い列ができている。
        「トロッコ列車は予約で満席です。予約をお取りでない方はご乗車いただけません」
         職員が拡声器で繰り返し言っている。ポスターを見た。なるほどこれがUさんの言うSL。いわゆる蒸気機関車のような大きな機関車ではなく豆汽車のようなちいさな機関車がこれまたちいさな客車を牽いている写真。客車は小湊鉄道のカラーに塗られている。この機関車はどうしたのだろう?
         せっかくだから見ようという話になった。ダイヤではもう来る時間なのだけど多少遅れているという。10分少々待って入ってきた列車は伊予鉄道の路面電車線を走る坊っちゃん列車を思わせた。



        (豆汽車が牽くトロッコ列車があらわれた)


         養老渓谷駅から坂を上って、上総中野から走ってきた県道32号に戻った。また鉄道線路に沿って進む。
         数分走ると右手にたくさんの駐車車両、左手にたくさんの人がいた。自転車を下りてみてみると、左手の見下ろす場所に小湊鉄道の線路とそれを覆う一面の菜の花──菜の花畑がそこにあった。
         さっきのトロッコ列車は養老渓谷を出発してもうすぐ来るはずだった。周囲はみなカメラを出してい準備をしている。
         菜の花畑には散策できる道がつけてあるようで多くの人がそのなかを歩いていた。畑のなかに行ってみたいけど、そこまでのアプローチの道がわからないのと、行っていたらトロッコ列車に間に合わないだろうと思い、やめた。
         そしてトロッコ列車が菜の花畑に現れたのはすぐだった。何というタイミング、またもや待たずして列車がやって来た。あわてて写真に収める。
         トロッコ列車が養老渓谷の駅にやって来たとき、この機関車をどうするのだろうと不思議に思っていた。まず少なくとも方向を変える転車台はないし、前後を入れ替えるための引き回し線だってあるのかどうかわからなかった。じっさい菜の花畑に現れたトロッコ列車は推進運転──最後部の機関車が前方の客車を後押しする運転方法──だった。


        (養老渓谷駅で折り返してきたトロッコ)


         その先も各駅停車で進んだ。月崎、飯給、里見――。小湊鉄道の珠玉の駅が並ぶのでひと駅ごとに立ち寄っていった。そこは房総の内陸、丘陵部を貫く小湊鉄道は起伏に対し掘割とトンネルで抜ける。自転車で里道を行く僕らは坂道を上りちいさなトンネルで越え、また坂道を下る。
         房総の内陸には素掘り吹付のトンネルがずいぶん残っている。今回も鉄道に沿って進む里道を行く結果、それらトンネルにいくつも出会った。里道の懐かしさに高揚し、トンネルが現れると興奮した。多くは楔形に掘られ、むき出しの線をはわせて気持ちばかりの照明を点けていた。トンネルをくぐるたびに「あああー」って言いたくなる。今回はふたりが一緒にいるから言わない。
        「次、最後ですね」
         Uさんが言った。
         もう丘陵部から下ってきて視界も広い。田んぼのなかにぽつんと存在する上総久保駅に停車する列車を眺めていたらいよいよ日が傾いてきた。最後と言った駅は次の上総鶴舞。ドラマやCMで使われたことのある駅だという。
        「行きますか」


        (里道と素掘りのトンネル)



        (月崎駅)




        (里見駅)



        (ぽつんと存在する上総久保駅、ここにタイミングよく列車が来た)


         駅舎には傾いた西日がやわらかく差し込んでいた。木製のラッチが影を落とす。なるほど素敵な駅だ。駅舎もホームも、ここもほかの駅同様多くの人がいた。またここでもタイミングよく、少し待てば上り列車がやって来る。
         小湊鉄道の塗装はむかしから変わらず、もちろん菜の花にもさくらにもよく似合う。でもこの時間の傾いた夕日にもきれいに染まる。ここでもまた列車に向かってシャツター音が響いた。この列車も満員だった。僕らは最後の立ち寄り駅にしようと考えたが、列車にしてみれば途中駅のひとつ。わずかな停車時間で扉を閉め、すぐに発車した。走り出した列車の乗務員室から身を出してホームの確認をする車掌が、一瞬僕にちいさな会釈をしたように見えた。──ような気がした。このヘルメットの三人組は今日何度も見たなと思われたかもしれないし、ただの僕の勘違いかもしれない。僕も軽く頭を下げて返した。


        (線形も美しい上総鶴舞駅の構内)



        (傾いた日を受け入線する)



        (ラッチと差し込む日が美しい木造駅舎)

         さあ、僕らも五井へ帰ろう。


         ※小湊鉄道トロッコ列車の機関車は、かつて在籍していた蒸気機関車を模して作られた新造車だそうです。ただし、ディーゼル機関車。

        → 今回も一緒に走ってくれたUさんのブログはこちら

        菜の花・さくら・鉄道(2) ──房総私鉄沿いサイクリング──

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           中華まんを口にしたとはいえお昼どきも過ぎ、空腹は埋められていない。養老渓谷に向かわなくては、そう思って先へ進んだ。
           と思ったのもつかの間。夷隅川にかかる橋の上で三脚を立てた人がふたり、大きなレンズをかまえていた。その先を見てみると、いすみ鉄道のガーダー橋と背後に大多喜城がそびえていた。あの鉄橋を列車が渡っていくのか、それはすごい。思わずまた自転車を置いて立ち止まった。
           でもこのロケーションで写真家さんふたりとは少ない気がする。
          「まだ30分以上来ないみたいですよ」
           とUさんが言う。三脚を立てた写真家さんに聞いたようだ。なるほど。時間が近くなってくればひとりふたりと増えるのだろう。
           列車が来ないとわかっても川や橋の写真を撮ったり、道路の縁石を使ってセルフタイマーで写真を撮ってみたり。さんざん好き勝手に写真を撮ったのち、やっと行程に復帰した。


          (なるほど、さすがのロケーション)


           町なかの道でいすみ鉄道に近いところを走りつつ、国道に戻る。国道は変わらずの465号なのだけど、大多喜の町を過ぎると山岳路線の様相になった。本格的な峠とまではいかないけれど、道は坂を上り周囲には起伏が現れる。山肌の斜面が迫るようになり風景は徐々に狭くなっていった。
           東総元(ひがしふさもと)駅に立ち寄ると警笛の音が響いた。自転車を投げ出すように降りてホームに駆け寄ってみると、朝僕の目の前を横切って行ったキハ28とキハ52の2両編成だった。今かあ──。取るものもとりあえず写真に収める。もう発車間際だった旧国鉄気動車はあっというまに走り去って行ってしまった。今日の僕にとってこの編成はどうやら目の前を横切って行ってしまう存在らしい。チラリズム──今日のサイクリングがこの車両目的だったわけではないけれど、じっくりとその姿を拝ませてくれないみたいだ。
           駅から少し離れた場所に踏切があり、国道を外れてそれを渡った。ここ、有名な撮影地なんですよとUさんが言う。確かにすでにたくさんの写真家さんがいる。
           今いる道と鉄道の線路が高台で、広く見通せる。さっき立ち寄った東総元の駅がぽつんと見える。
          「いいですね、ぜひここで座ってコーヒーを飲みたい」
           と僕は言った。
           しばらく待つと列車がやって来て東総元の駅に止まった。たくさんの写真家がいるその場には緊張感が走り、シャッター音だけが響いた。みな押し黙ったそこは遠くの気動車のアイドリングまで聞こえそうだ。踏切の鉦が鳴り列車は警笛を鳴らす。気動車は軽やかに加速し今僕らが渡ってきた踏切を通過していった。踏切の鉦がやみ、遮断機が上がると周囲はまた平穏が戻る。誰もがふうっと息をつくのが聞こえるようだ。



          (余裕なくあらわれた旧国鉄気動車)



          (すぐに出発していった)



          (駅前を彩る立派なさくら)



          (東総元を望む)


           東総元でたっぶり時間を費やした僕らだったが、さらに時間を要する。
          「次が秘境駅なんですよ」
           とUさん。同時にちいさな踏切を渡り、里道へと分け入っていった。千葉の里道にはなんて魅力的な場所が多いのだろう、走っていてわくわくする。細い小道を進んだ。
           たどり着いた久我原駅はあたり一帯に人影がない。駅へのアプローチも細い里道が一本だから車で入ってくるのさえ大変なのかもしれない。
           僕らは線路端を歩いてみたりホームヘ上がってみたりした。待合室のベンチに座ってみる。駅ノートがある。もちろんそこは駅舎はなくてホーム上にあるバス停にも似た扉のない小屋だ。
           ゆっくり時間が流れている。

          「さあ先へ」
           お決まりの言葉を三人で交わし、また自転車で国道に戻った。



          (忽然と現れた秘境駅)



          (緩やかなカーブで林へ消えて行く)


           出発してすぐに総元(ふさもと)駅。僕らの行程も鉄道と同じく各駅停車だ。
           ホームの前の菜の花が甕からあふれ出した水のよう。ホームや踏切を囲むように人がたくさんいる。そこへ踏切が鳴り始める。ちょうど上り列車がやって来るところだった。この自転車旅は列車のタイミングがいい。──というかよすぎて、駅を楽しむ余裕とか写真をどう撮ろうかとか考える余裕がない。場所も構図も決まらないままカメラやスマートフォンを出してあわててシャッターを切るのだ。菜の花に埋もれた黄色の列車がゆっくりと出発していった。
           それからまた里道を進んで西畑駅。カーブの途中にある片面ホーム。自転車を置きホームに上がってそのカーブを楽しむ。
          「あとひと駅です」
           とUさんが言う。鉄道と一緒に走り、各駅に止まる。進むにつれて移り変わる雰囲気を感じ、駅と町に触れる。それはひと駅ひと町ごとに違ったりもする。道沿いに線路を見、ときに列車とすれ違う。走る列車はその風景にやっぱり溶け込んでいる。そこに意味があるように鉄道は馴染んでいる。そんなことをいちいち感じる。鉄道に沿って楽しむサイクリングの醍醐味だと思う。
           上総中野に着いた。


          (菜の花に覆われた総元駅と列車)



          (西畑駅・カーブのなかの短いプラットホーム)


           ここでもまた僕らはタイミングよく列車が入ってくる機会をとらえ、しかもそれは日に数回(4回か?)しかないいすみ鉄道と小湊鉄道が並ぶタイミングだった。
           時間は14時。僕らはまだお昼を食べていない。


          (上総中野駅・いすみ小湊の双方車両が並び、乗り換えや見物でごった返していた)


          (その3へ続く)

          → 今回も一緒に走ってくれたUさんのブログはこちら

          菜の花・さくら・鉄道(1) ──房総私鉄沿いサイクリング──

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             都内、平日に見る桜はもう散り始めていた。-
             天気予報も水曜日くらいには「今日がお花見の最後になるでしょう」と告げていたし、じっさい散った花びらが道路を白く埋めたのもそのころだった。
            「菜の花とさくらとそのなかを走るいすみ鉄道と小湊鉄道を見に行きませんか?」
             Uさんに誘っていただいた。Uさんは鉄道好きというわけではないけれど、去年同じコースを走って、鉄道のある風景がとてもよかったのだと言う。僕もコースと風景の良さが思い浮かぶものだから、ふたつ返事でOKした。
             ただ、さくらはもう難しいかな、と思った。そして木曜日、雨が降り強い風が吹いた。都心のさくらは湿って泥にまみれるように路面に落ちてしまった。
             4月9日。僕は18きっぷの最後の1回を使って武蔵野線から総武線、千葉から外房線の普通列車に乗り継いだ。朝方寒かった日は、太陽が昇るのにあわせてぐんぐんと気温が上がっていくのを電車内にいても肌で感じた。午前9時過ぎ、待ち合わせの大原駅に降りる。そして、長い長い一日がここから始まった。

             Uさんは先行する特急ですでに大原駅に着いていた。普通列車にしか乗れない僕がホームに降りると、同じ列車で来ていたHさんとここで合流。今回は3人でのサイクリング行。そして、Uさんの自転車がロードバイクに変わっている。あれだけ小径の良さ、ロードと変わらないとデメリットのなさを謳っていたUさんが突如大きなホイールの自転車であらわれた違和感……、でもそれもまた話のタネ。サイクリングを楽しみながら聞いていこう。
             そういえばさっき、僕の乗った普通列車が駅のホームに入るのと時を同じくして、いすみ鉄道の旧国鉄車「キハ28」と「キハ52」の編成が出ていくのが見えた。普通列車の乗客は相手にしないってか? ──まあダイヤの関係なんだろうけど。特急から降りた乗客を乗せた懐かしい車両は一瞬視界を横切ったきり。あとで折り返しの運用にすれ違えるだろうか。期待を胸にしまっておく。
             駅を出発して国道465号を行く。古い建物が残っている街なみを抜けた。思えば上総一ノ宮もこんな風景だった。ほかにもこういう駅前の街があったりするだろうか。
             いすみ鉄道に沿ってゆるゆると内陸へ向かう坂を上って行った。防風仕様ではないけれど春秋に着るような長袖のウェアを着てきてしまった僕はすでに暑い。前を走るHさんは半袖ウェアにアームカバーだった。それが正解かもしれない。
             いすみ鉄道にほぼ沿って走っていく国道は、何度も踏切で鉄道と交差する。高い建物が減り、どんどん視界が広がっていく。田んぼのなかに道路と鉄道。僕の好きな組み合わせを堪能しながらサイクリングは進んでいく。
             Uさんが国道を外れ、小さな踏切を渡った。線路端にはちいさなプラットホームが沿うようにあった。バス停のような待合室がホームにある。新田野駅。


            (ちいさなプラットホームと待合室だけの新田野駅)


            (駅前の……、踏切)


             ずいぶん長い踏切の遮断棒が空に鋭く向かっている。自転車を降り、それぞれ写真を撮ったり景色を眺めたりした。もちろん踏切が鳴りだしここへ列車がやってくればそんなうれしい話はないけれど、列車のこない踏切と駅、菜の花とさくら。まるで止まっているような光景。それを眺めているだけでもよかった。いやその時間がよかった。そっと楽しむ時間──僕が変わりものなので、ふたりには言わないでおいた。
             踏切をオート三輪が渡ってきた。オート三輪だ。こんなの見るのはいつ以来だろう。しかも現存していることで写真など見かけるダイハツのミゼットじゃない。軽じゃなくちゃんとした普通トラック。マツダ? 周囲の風景全てがぐぐぐと時間を巻き戻していくよう。
            「まだしばらく列車は来ないようですね」
             と僕は言った。
            「じゃあもうひと駅進みましょう」
             とUさんが言う。進みの悪いすごろくのようだけど、もともとそういう行程のつもりだった。


            (飾りものや博物館保存じゃない、ちゃんと走っている)


             次は国吉駅。
             きちんと駅舎があり車も多く止まっている。新田野と違い、駅にはたくさんの人がいた。何か調理しているにおいがする。誰もが駅舎を抜けてホームヘ自由に行き来している。ホームにたくさんの人。運賃を車内精算するいすみ鉄道ならではなのかな。僕もホームヘ出てみると、そこにテーブルを置き、透明な大きなケースにおおわれた機械のなかでポップコーンがあふれるように生み出されていた。これのにおいだった。
             ほかにお弁当も売っている。箱はいすみ鉄道の車両を模していた。テーブルの売り子みんなで「お弁当、ポップコーン、ありますよ〜」と声を上げる。駅のホームで鉄道を、沿線を盛り上げていた。売り「子」とは言ってもおじさんおばさんだけど。
             ホーム脇にはさくら。多少散りかけてはいるけれど、今まさに満開。重々しく美しく花開くさくらが並んでいた。ふと僕は都心の散りゆくさくらを思い出した。──これ、都心にくらべて全然残っているんじゃないの?
            「次の列車は何時なんですか?」
             ホーム上にいる人がお弁当を売っているおじさんに聞いた。
            「11時02分に下りが来ます」
             と答える。きっとここの駅の発車時刻はすべて押さえているに違いない、と思った。それから見ているとここを訪れた客がそのおじさんに発車時刻を訊ねた。おじさんは聞かれるたびに11時02分下りという言葉を繰り返すのだろう。
             そこへ新田野駅の踏切で見たオート三輪が帰ってきた。──いや、帰ってきたのかどうかわからないのだけど、あまりにもここの駅や風景になじんでいて、この駅を基点にしているかと勝手に思ったから。
             遠くで踏切の鉦が鳴った。乾いた警笛が鳴る。さくらと菜の花の向こうから黄色の気動車があらわれた。あちらこちらで一眼レフの連写の音が聞こえる。車両の姿を認めてからずいぶん時間をかけて、ゆっくりゆっくリホームに横付けた。
             2両編成の車内は満員だ。その混雑に僕は驚いた。わずかな停車時間ののち、軽量エンジンがうなり、回転数を上げてゆっくり出て行った。車内の乗客が窓越しに手を振る。僕も手を振る。
            「すごいお客さんですね、車内がいっぱい」
             僕は思わず弁当を売るおじさんに言った。
            「ホントすごいです、今日は。でも今だけですけどね。おそらく今まで天気のいい日がなかったからでしょう。今日は天気も良くて、菜の花もさくらも咲いた週末を迎えたからでしょうねえ」
             と言う。僕もうなずいた。さくらは満開だ。


            (腕木式信号機が残っている)


            (人でごった返す国吉駅)


             列車を待つのに15分くらい使ってしまった。先へ行こう。
             変わらず国道465号を行く。ずっといすみ鉄道に沿っているのだ。次の上総中川駅、一度踏切を渡って裏路地からのアプローチを試みたが失敗。駅のそばまで寄れる道もなく、ここもまたほんの小さな駅を遠巻きに眺めた。
             それからしばらくまた国道を走り、「右に入りますね」と先頭のUさんが言う。ついていくと踏切だった。「有名な撮影地らしいですよ」

             なるほどもうすでに写真家のみなさんが場所取り構図決めにあわただしい。
            「次は何時ですか?」
             踏切の柵のすぐ脇で椅子に座り頑丈そうな三脚に大きな望遠レンズを括り付けたおじさんに聞くと、「3分後だよ」と言う。何と運のいい──僕もUさんもHさんも自転車を置き、思い思いにアングルを探した。
             竹やぶかそれとも雑木林か、線路の背景は緑の大きなトンネルになっていた。踏切のまわりは菜の花で埋め尽くされ、線路脇をさくらが固めていた。さくらは満開、それほど散っていないように見える。
             踏切が鳴った。遮断機が下り、線路の向こう側にいた人とこちら側にいる人とが分断された。Uさんは向こう側にいる。Hさんはこちら側にいる。警笛が鳴った。
             緑のトンネルを抜けてきた黄色の気動車は速くて、あっというまに僕らの目の前を通過していった。
            「すごいタイミング、よかったねえ」
             とHさんが言う。
             警笛が聞こえてから目の前を通過するまでのあいだ、場は水を打ったように静まり返り、緊迫した空気が張り詰める。姿を見せた車両を認めると浴びせるようなシャッター音。列車が過ぎ踏切が上がると張り詰めた空気が解放されるような安堵感。なるほどこの一瞬のために下手をすれば1時間以上も前からここで待つのだ。



            「さあ、先に進みましょう」
             ──こればっかり。
             でもいいのだ。最初っからそのつもり。進みが悪いのではなくてこういうサイクリングなのだ。だから誰からともなく言うこのセリフはお約束みたいなもの。国道に戻って大多喜の駅前を目指した。いすみ鉄道は町を大きく迂回するのでしばし離れ、僕らは直線的に大多喜駅前に出た。お昼はHさんが提案してくれた、養老渓谷駅の駅前食堂で食べる山菜そばを楽しみにしている。「でも、お腹すいちゃいましたよね」とHさん、同感。
             駅前にある観光本陣というなまこ壁を模した建物に入った。町の観光協会がやっている施設らしい。なかをしばらく物色し、僕は中華まんのたけのこまんを食べることにした。
             ──間食。まだ20キロしか来ていない。


            (お昼どきだけど、ちょっと休憩)


            (たけのこまんで間食(昼食じゃないし))


             ──お昼は果たしていつだ?

            〈その2 へ続く)

            → 今回も一緒に走ってくれたUさんのブログはこちら

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