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    • 2017.12.04 Monday
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    太宰をたずねる

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       甲斐大和。
       JR中央本線で笹子トンネルを越えた最初の駅。甲府盆地の入り口。
       朝の蒲団は行くかどうするかの判断を鈍らせ、行くならばと考えていた時間を一時間も遅らせた。甲斐大和駅にてようやく下車したのは9時をずいぶん過ぎた時間だった。
       山スタイルの人々にまぎれて改札を出た。自転車は僕ひとり。

       以前この駅で降りたことがあった。同じ列車だったか今日よりも早い列車だったか、その日は山をやる友人に誘われて大菩薩峠への山歩きに出かけた。
       僕はこの通り道路好き街道好きで、かつて江戸の時代の青梅街道が塩山に抜けるさい、その大菩薩峠を経由していたということを知って興味を持った。明治以降の近代になって車の走れる国道を整備したおりに、環境の厳しすぎる大菩薩峠を避けて現在の柳沢峠を経由するに至った。甲州街道の小仏峠と現在の大垂水峠の関係も同じ――。以前、柳沢峠を自転車で越えて塩山へ出たときに、じゃあ大菩薩峠を越えるとどんなルートだったのだろうと山の友人に話したことがきっかけだった。
       この駅からバスに乗った。補助席をすべて使っても乗り切れない客を残し、大菩薩峠へ向かうふもとの登山口へ向かった。友人が選んだのは大菩薩峠をめぐる登山ルートだった。考えて選ばれたそのルートは山を楽しむには大満足だったが、かつての青梅街道をかすめることがなければしのぶ場所を通るわけでもなかった。僕は山の経験と知識がまったくなく、山歩きの計画は立てられない。したがってついていく一辺倒だから、わざわざ計画と先導をしてくれた彼には感謝しているし、本当は青梅街道を歩きたかったんだと告げることもなかった。

       そんなことを思い出した。僕はバスを待つ人たちを見つつ自転車を組んだ。


      (美しく染まった山々を望む甲斐大和駅)


       太宰治は御坂峠にある天下茶屋に逗留し「富岳百景」を書いた。太宰が天下茶屋に入るさいは甲府から御坂峠へ向かった。太宰のルートも興味があったが、僕はせっかく列車が稼いでくれた標高を捨てたくないものだからこの甲斐大和をスタートにした。
       甲斐大和の駅は笹子峠への中腹にあり、旧一宮町まで国道20号で一気に坂を下った。そして国道20号を離れ御坂みちに向かうまで一宮の町を走っていく。ハイシーズンはぶどう狩りの観光農園になるのだろう、ぶどう棚を持つ農家が並んだ道を抜けていく。冬の入り口の今はすっかり静かだ。ぶどうの看板に交じってほうとうの看板がときおり目につく。
       道は上り基調になるが、本格的に上るのは「御坂みち」の愛称を持つ国道137号に入ってからだ。僕が向かう天下茶屋は旧御坂峠、御坂みちからさらに外れた旧道で、今は県道になっている道だ。
       御坂峠へ向かう途中、国道137号に入らなくても済む、並行する道を見つけてルートを引いていたが、飲み物も飲みたいし何か食べるものを手に入れたくて一度国道まで出ることにした。交差点で左右を見まわし、できれば逆方向の下り側には行きたくはなかったが、数百メートル下ったところにフアミリーマートが見えたので、しばしの判断ののち僕は下ってファミリーマートヘ寄った。


      (コンビニはこの先ほぼない)


       国道は片側二車線の高規格道路で普通車大型車問わずかなりのスピードで飛ばしている。僕は並行する脇道を見つけたので高速の国道を離れ、そちらに移った。
       どこの家にも柿がなっている。いくつもの家でその柿を紐につるして軒に干していた。一緒に大根を干している家も多かった。間もなく冬がやって来る。
       おそらく、旧御坂峠に向かうなかで最も勾配がきついのは国道137号だ。できる限り逃げて国道に出ないように道を選んだが、最後は国道を走らざるをえない。道は片側一車線になったものの、長く急な坂のため登坂車線が用意されており、普通車よりも速度で劣る大型車がここを走る。大型車こそ真ん中を走ってくれればいいなと心のうちで思うけれど、坂を速く上れない車が使うレーンなのだから結果的にそうなるのだ。
       高速で上って行く車の横を走ることに少しばかりうんざりしたころ、山梨に来たことを実感させるもののひとつ「ハッピードリンクショップ」を見つけた。手前の農家ではおばあさんがこれから干す大根を一本いっばん、丁寧に洗っていた。


      (さらさらトマトで休憩)



      (柿を干す家)



      (大根を干す家)


       ハッピードリンクショップでさらさらトマトを飲みながら休憩したあと、ほどなくして旧道への分岐が現れた。
       旧道に入ればきわめて静かだった。紅葉は終わり、葉はみな落ちていた。落葉を踏みながら走る道、空はきわめて青かった。
       何度ものつづら折りを繰り返しながら標高を稼いでいく。旧道は御坂みちこと国道137号ほど急ではない印象。ときおり木々が途切れ眺望が開けるとまわりの山々が見えた。どこももう紅葉はない。
       車はほとんど来ない。抜かされる車、すれ違う車を合わせてもせいぜい20台と言ったところ。自転車は下ってきてすれ違った人がふたり。あとは僕ひとり。じつに静か。
       11月の下旬、そういえば山や峠を自転車で訪れたことはなかったかもしれない。
       僕は自分でも驚くほど寒がりで、冬に山の高いところへ行くなど考えられない。仮に雪でも降ってしまったらロード用のタイヤを履いている自転車では太刀打ちもできないし、そうでなくてもいわゆる冬装備と言われるような恰好で防寒に努めても人一倍寒さに打ち震えてしまう。
       その僕が秋の恰好で上っている。ウィンドブレーカーと念のためフリースのパーカーを用意して背のデイパックに入れてきたが、これを着る必要すらない。あとで聞けば10月の気候だったそうだ。

       坂を上るにつれどんどん空が広くなってきた。秋の青空だ。こんな青空、年に何べんあるんだ――僕は誰も通らない旧御坂峠への県道で叫ぶ。
       数えきれないカーブを経て、ようやくトンネルが見えた。旧御坂トンネル。細く、真っ黒な坑口が僕に向かっている。着いた。このトンネルの向こうには天下茶屋と富士山がある、はずだ。
       僕は自転車のライトを点け、トンネルに入った。
       トンネルは意外にも走りやすかった。たいていこういった古いトンネルは壁面もそうだし路面も荒れていて、灯りのないなかを走っていくとどこからか崩れ落ちた大きめの石に乗り上げたり、路面が朽ちアスファルトの割れた穴に落ちたりと安定して走れないことが多い。しかしこのトンネルは実に走りやすい。車が来る気配もない。僕は車線のど真ん中を向こう側のまぶしい光に向かって走った。


      (静かな旧道)



      (トンネルへ到着、トンネルは闇のよう)



      (旧御坂トンネル内部)


      「どこからこんなに車が?」
       僕は驚かずにはいられず思わず言葉を飲んだ。旧御坂峠の河口湖側、天下茶屋の前は駐車の車でいっぱいだった。少なくとも甲府側を上がってくるさいちゅう、数えるほどの車としか出会わなかった。誰もが現国道137号の御坂トンネルを高速で駆け抜けているのだと思った。旧御坂トンネルをくぐっているあいだでさえそうだ。まさかこんなに車がいる場所には思えなかった。
       それでも太宰が逗留した天下茶屋と、河口湖を懐にたたえた富士山は裏切ることなく僕を迎えた。これほどまでここから富士がはっきり見えることはどれだけあるだろう。
       止められた車はここ旧御坂峠から富士を眺める人たちであり、同時に天下茶屋に立ち寄る人たちだった。みな店内の座敷やテーブルに腰を落ち着け、ほうとうやおでんを食べていた。ガラス戸から差し込む日差しで店内はあたたかかった。
       太宰は富岳百景のなかで、
      『十一月にはひると、もはや御坂の寒気、堪へがたくなつた。茶店ではストオヴを備へた。』
       と書いた。
       なるほど、天下茶屋にはストーブが備えられていた。ついているのかどうか、それは見た感じわからなかった。それでもそこにストーブがあるという光景がリアルタイムに太宰とコンタクトできたようで妙にうれしくなった。二階の部屋には太宰の資料が残されているという。ぜひ見たかった。しかしながら残念なことに、茶屋の利用者だけがその権利を有するのだ。僕はいっぱいの店内を見、コーヒーでも飲もうかと考えたけれど、ひとりそこで待つ場違い感を覚え、あきらめて茶屋を出た。





      (天下茶屋)



      (旧御坂峠からの富士)


       外に出てみると相変わらず次から次へと車が入ってくる。僕はもう一度富士を眺めるとウィンドブレーカーを一枚羽織り、河口湖ヘの道を一気に下った。

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