桐生、足利、佐野といったあたり、僕がその場所で好きなところは小ぢんまりとした街──しかもそれらはいかにも古き良さを残していたりする──、そして街をちょっと踏み出すだけで緑と水に包まれ、突如自然のなかへと放られたような印象を受けるところか。
水はみなそれらの街を貫いて流れる渡良瀬川へと注いでいる。清らかな水と称されるところも多く、名が知れているかどうかはともかくとしても、各所に名水の場があったりする(実は有名ではないほうがかえってその水が名水として生き残っていることがあるんじゃないだろうか、などと思ってみたり……)。
この一帯、めん類が盛んなのはそのせいもあるのだろうか。太田の焼きそばは水とは別にして、そばやうどんがその地その地で作られている。佐野ラーメンほど名が知れてはいないにせよ。
そんなことを考えていたらそばを食べに行きたくなった。
今日頭のなかを占領してきたのはそば。うどんやラーメンではなく。
思いつくものを挙げてみた。栃木の大越路峠途中にある食堂、出流山満願寺の門前のそば、桐生梅田ふるさとセンターのそば、エトセトラエトセトラ。
東北自動車道を車で走らせていた。利根川を越えるとフロントガラスに雨粒が落ちてきた。そばを食べに行くことに賛同、急な誘いにもかかわらず同行してくれたT君が「このくらいの雨なら濡れてもかえって気持ちいいですよ」と楽観的ながら気を遣ったことを言ってくれる。確かにそうだ。でも降られずに済むならそうでありたい。
そしてありがたいことに国道50号に下りて西へ向かうころになると、もう雨は上がっていた。
そう、行き先を桐生に決めた。桐生川沿い奥地にある梅田ふるさとセンターのそばを食べに行くことにした。
車は桐生市内に置いてもよかったのだけど、足利の河川敷に置くことにした。足利から松田川ダムを見に行こうという気になったのだ。そこから先は前日光基幹林道のひとつ、長石林道を走って梅田湖に出ることにする。
足利市内を抜け、松田川ダムへ向かう県道219号に入ると周囲はあっという間に緑に包まれた。自転車で進むにつれ、はじめのうちはきれいに高さの揃った稲のじゅうたん、やがて山あいに入り深い緑に包まれていった。
ぐんぐんと坂を上っていく。松田川ダムへ向かう一本道になると車もほとんど通過しなくなった。
今日は突発的なそば衝動に駆られたので、ナビの準備もしていないし地図も持ってこなかった。車から自転車を準備したときに見た、車内に置いているツーリングマップルの記憶だけが頼りだった。加えてあえて言うなら数年前に逆ルートを走った記憶があったけれど、そんな記憶がどれだけあてにならないかは最初からわかっていた。
長石林道は松田川ダムの手前で今走る県道から分離するようにはじまる。
長石林道(=前日光基幹林道長石線)は、前日光基幹林道の最も南西部にある路線で、足利市の松田川ダムからひと山越えて佐野市(かつての田沼町)の老越路峠近くに下り、県道66号に合流する。老越路峠からは路線籍が県道66号なのか長石林道なのかそれとも二重戸籍なのかよくわからないのだけれど、前日光基幹林道の説明板などによると足利市松田町〜田沼町飛駒となっているので、老越路峠から東に下る部分も長石林道であるかのように読める。
僕は前日光基幹林道が好きで、ときどき思い出したように出かける。ときどきなのは近くないゆえどうしても訪れにくいからで、時として通行止めも少なくない各林道をめぐるタイミングはなかなか多く取れずにいる。
近沢林道や前日光林道のように周辺県道よりも明らかに立派な過剰整備とも取れる箇所もあるものの全般的に雰囲気も良いし舗装もされているのでロードでも走れる(ただし、舗装の荒れているところや落下物散乱物はほぼ放置なのでロード乗り誰もが、とまでは言い難いけれど)。
もちろん前日光地区には枝分かれするように思わず足を踏み入れたくなる林道もたくさんある。ただ残念ながらどこかに抜けることのできる林道というのはほぼない。
そんなわけで、前日光地区の自然や山々を満喫しようと思うと最適なのが前日光基幹林道各線だと思う。
これ、長石林道じゃないかな──そう思わせる分岐が右手に見えた。
もちろん自信があるわけでもないので、このまま先に進むことにした。少し進んで松田川ダムを望む駐車場にたどり着いた。
巨大なダムと眼下にキャンプ場、キャンプ場では水遊びではしゃぐ子供たちの声がした。そして谷あいには松田川が流れて下って行くのだけど、走り始めた足利の街を望むことはできなかった。それだけねじれながらここまで上ってきたということか。距離だけなら大して進んできたわけではないのに、強烈に山深いところへ入ってきてしまった印象があった。
巨大な松田川ダム
下流側の山深い風景
少し下って長石林道に向かう。林道はすぐにつづら折の上り坂になった。暑さが厳しくて木の陰を走っているときはまだいいけれど日を直接受ける場所ではとんでもない暑さを感じた。
名草巨石群への分岐を分けるとピークはすぐだと思った。名草巨石群──一度行ってみたことがあったけれど、なんだかよくわからない場所だった。
暑さと坂でよれよれになりながらピークに到着した。立ち止まるとさらに激しい暑さを感じ、汗があふれ出した。
記憶も確かではないのだけれど、ここまで来てしまえばあとはほぼ下りだったと思う。
飲み物が底を尽きようとしていた。こんな林道の山のなかで飲み物を手に入れるすべはないけれど、僕にはひとつ算段があった。以前、梅田湖沿いの道で見かけたわき水だ。
見かけたそのときは飲めるものかそうでないか、まったくわからなかったので口には入れなかったけれど、どうやら飲める水らしい。なのでこの水を飲みに出かけようじゃないか、と考えていた。
この先下り基調であれば、極端な話、今ボトルが空になってしまってもまあ何とかなるはずだ。
長石林道ピーク
林道の下りは山の北側斜面になるせいか、それまでの上りと違い路面が部分々々で苔むしていた。苔で滑るのは嫌なので路面を選びつつゆっくり下った。
ほどなくして県道66号に合流、桐生方面に進んでさらに下る。ゆるい上り返しはあるものの気持ちよく風を受けながら走り、やがて巨大な梅田湖が眼前に飛び込んできた。
湖岸のくねくねとうねる道路に入り、わき水を見落とさないよう気をつけながら走った。その間一台だけ車とすれ違ったけれどその程度で、車の通行はほとんどない。おかげで枯れ枝は道路に散乱し、季節柄青々と伸びた枝が道路に覆いかぶさっていた。その一台すれ違った車は枝をこすりながら道を抜けて行った。
無事、見落とすことなくわき水ポイントに到着した。
大州の水
あまりの暑さに水を頭からかぶる。そして空になったボトルに水を一杯、そのままごくごくと飲んだ。
湧水を頭からかぶる、湧水をごくごく飲む、──なんて夏らしい光景だろう。
梅田ふるさとセンターは走り出せばすぐだった。
おなかも空いた。そばを食べよう。
ここはなんだか来るたびに混んできているような気がする。もう何年も前、はじめてきたときはガラガラだった。来る都度、駐車場の車は増え、時間によっては食事を待たされ、今日はすでにうどんが売り切れていた。僕はそばが食べたかったから事なきを得た。
梅田ふるさとセンターにて
そばも無事食べることができて満足。帰りは一気に桐生市内に下って帰ろう。
本日のコース