BS日テレの番組「峠 TOUGE」で見てずっと興味を持っていた道だった。
実は先週、いざ出かけようと地図まで準備していたのだ。しかし同日は大規模ヒルクライムレース「榛名山ヒルクライム」が行われることを直前に知った。僕の考えたコースは大会のスタート地点も通るし、数千人規模で行われる大会だから、どうしたって「これはそばによるのはやめておこう」となった。
日をあらためた今日、早朝の高崎線に乗って高崎に向かっていた。始発列車の一本あと。始発列車でも良かったのだけど、高崎までだからそこまで早くなくてもいいだろうという考えと、高崎線の下り始発列車は混んでいるという経験・記憶もあったけれど、早起きが面倒だったというのがいちばん大きい要因かもしれない。
──しかしなぜ高崎線朝の下り列車は10両編成ばかりなのだろう。
朝の高崎駅
デポジット制の自転車シェアリングが行われていた
自転車が全然ないのだけれど……
朝とはいってもそろそろ8時、早朝ではない。それでもまだ寒い季節には8時前から走り始めるなんて滅多になかったわけだから、早いスタートだ。
まずは倉渕へ向かった。かつて倉渕村、今は高崎市に編入されたそこは先週のヒルクライム大会のスタート地点でもあった。
高崎から県道29号、国道406号を経ていくが、道自体は道なりにたどっていくことになった。烏川沿いに遡上していく。
かつて役場のあった室田に近づくと、先週の大会のスタート地点を思わせるものがいくつか残っていた。僕は自転車でレースや大会、イベントに出たりすることがないのでさながら祭りのあとの町を潜り抜けていくようだった。
この室田から先が国道406号になるわけだが、国道406号に入ると道は徐々にしっかりとした上り坂に変わっていった。
烏川沿いは涼しくも感じられた。権田という集落まで行くと国道406号は右手へ進路を取る。北に向かい、峠を越え、長野原草津口の駅へ向かうのだ。
二度上峠に向かうには権田から県道54号に乗り換える。とはいえ、走る側から見るとまたしても道なりに進む感じでもある。今日僕がチョイスした道は高崎から北軽井沢に向けて一直線に抜けるよう作られたルートなのだろうか。
県道54号はその交通量に対して余りあるほどの高規格な道路で出来上がっていた。おそらくここ10年かそこらで造りかえられた道なのだろう。路肩も広く造られ、路面はまるでローラーをかけたばかりのような平らな舗装だった。
道端には山藤がたくさん咲いていた。さほど急ではないけれど上り続ける坂道を僕はあせらないようゆっくりゆっくり進んだ。そんな僕を真っ赤なスバルのBRZが追い越していった。トヨタ86と同じ車だからまるで、テレビの「峠 TOUGE」を再現しているようだった。
先週の榛名山ヒルクライム
今日のアナログ・ルートナビ
ちょうど距離的にも休憩ポイントにいい場所にはまゆう山荘という公営の宿舎がある。玄関前にはバイクラックもあり休憩に桃太郎ソフトをどうぞという場所だ。桃太郎ソフトとはどうやらトマトを使ったソフトクリームらしく、味のイメージが浮かばないけれど話のタネにはいいかもしれないと立ち寄ってみた。
重厚な石造りのホテルに自転車の格好をした人間はいささか不釣合いに感じた。どこでソフトクリームを売っているのかよくわからなかった。自分が果たして何をしているのかすら疑わしかった。何しろバイクラックに自転車を置き玄関を入るとそこはフロントで(そりゃそうだ)、10時前という時間はちょうどチェックアウトで混雑していたからだ。だから本当ならフロントに「ソフトクリームはどこで食べられるのか?」とためらいなく聞けばいいものを、へんな気恥ずかしさで「トイレをお借りしたいのですが」と言うのが精一杯だった。
トイレの場所を教えてもらい、奥へ入っていくと喫茶コーナーがあった。ホテルであれば当然の造りだ。その一角に簡易なテーブルを置き、傍らに桃太郎ソフトののぼりが立ててあった。人はおらず、まだソフトクリームの営業はやっていないのだとすぐにわかった。布がかけられていた機械があったのはおそらくソフトクリームを作る機械なのだろう。
目的のものがないとわかるとますます居心地が悪くなって、トイレだけ済ませるとフロントに礼を言ってそそくさとはまゆう山荘を出た。
高規格な県道54号
あちらこちらで咲き誇る藤
まさに「峠 TOUGE」
結局食べられなかった桃太郎ソフト
再度県道54号に出ると、まるでこのはまゆう山荘を境い目にするかのように道の印象ががらりと変わった。道は細く荒れ気味の舗装になり、登坂はここからつづら折になった。勾配もそれまでとは変わりきつくなった。
木々に囲まれ見通しは利かなくなり、淡々とつづら折を処理するばかりになった。はまゆう山荘で飲み物を追加しなかったボトルは底が近かった。外のバイクラックの周辺には自販機はなく、トイレのそばにあったものだから、一度出てボトルを持って再びフロントの前を通過することが面倒になってしまったからだ。背の高い木々に左右を覆われたつづら折の坂道に自販機などないことは明白だった。この道の感じでは峠を越えて北軽井沢に下りるまで飲み物は手に入らないだろうことは経験的に察知できた。
はまゆう山荘から先のつづら折にはご丁寧にキロポストが立てられていた。まるで白石峠のようだ。こういったものはあるほうがいいのかないほうがいいのかよくわからない。あとどれだけ──がわかれば気分的に楽になったりペース配分ができたりすることもあれば、逆に気持ちの負担になることもある。
どこかで休憩でもしていたのか、途中で僕を抜かしていった赤いスバルBRZが再び僕を追い越した。
つづら折を進むにつれて背の高い木々が少なくなり、見通しが良くなってきた。時折、ここまで走ってきた高崎方面の景色が目に入った。新緑と常緑が入り乱れてまるで鉄道模型のライケンを色違いに置いていっているようだった。遠くまでいくつもの稜線が続いて見えるようだったが、薄くもやっていたので見通せたわけではなかった。空気が澄んでいたら安中や高崎の街が見て取れただろうか。
キロポストが立てられていたわけだからわかっていたつもりもあるのだけど、ここの峠は「着くぞ、着くぞ」と迫る感じはあまりなく、「──っと、着いた」と感じた。
二度上峠にはこんなに車が来ていたのかと思うほど駐車していた。僕の記憶じゃここまでのあいだせいぜい10数台に抜かれた程度だと思っていたから意外だった。もちろん、坂道を上っている途中の僕の記憶などたいして当てになるものじゃない。
山歩きをしに来ている人も多くいるようだった。あとから調べてみたらはまゆう山荘からも登山できるようだった。峠の道路もいいけれど、確かに山歩きにもいい場所だなと思った。
そして二度上峠の向こう側、北軽井沢側には浅間山が大きく構えていた。
二度上峠に向かう途中に現れる距離標識
振り返ってみると高崎方面の景色が広がる
二度上峠に何とか到着
二度上峠から浅間山と北軽井沢方面を望む
高崎側と同じように薄くもやがかかっているようで、くっきり目に飛び込んでくるほどではなかった。これほどの山がはっきり目に飛び込んでくるようだとすごいだろうなと思わせた。この浅間山の眺望展開を楽しみに来るのならやはり空気の澄んだ時期しかないのだろうか。きっとそれはそれでインパクトがあると感じた。
峠を過ぎた下り坂はまさに浅間山に向かって突き進むように、北軽井沢の高原へと進んだ。やはり標高千メートルを越える場所での下りは寒かった。それでも北軽井沢自体が高い場所にあるがゆえ、それほど下り坂も長くない。急に華やかさを増した高原地帯に入り、最初に見つけた自販機の前で僕は自転車を止めた。
北軽井沢からは県境を越えて軽井沢に抜けようと思っていた。北軽井沢交差点を左折して国道146号に入った。
右手に浅間山を常に見ながら進む道はなかなか気分が良かったけれど、やはりなんといっても交通量が多かった。二度上峠の交通量はそれこそ道路を自由気ままに使えたけれど、ここではひたすら路肩に張り付いているしかなかった。そして浅間山を見ながらの道はまた上り坂になった。
家でコースを引いてきたときに再び上りがあることは理解した。北軽井沢から峰の茶屋までは300mほど上るのだ。こればかりはどうしたって仕方がない。
時間も昼近くになり上り坂も暑く感じた。のども渇きやすくなってきた。あ〜疲れたな──そう思いながらダラダラと上っていると一台の自転車が僕を追い越していった。クロモリの自転車はロードかと思ったらシングルギアだった。競輪選手の練習?──星マーク入りのパンツを履いたその人は明らかに僕より重いギア比で、僕よりも低回転でぐいぐいとまわしながら、あっという間に背中が小さくなっていった。
やはり北軽、軽井沢周辺に来ると人も多い分自転車も多いのか、二度上峠に向かう最中ほとんど会わなかった自転車に会うことになった。何代もの自転車とすれ違い、何台かの自転車に追い越された。
北軽井沢に着いてやっと飲み物を入手
軽井沢に向かうためにまたまた上り
峰の茶屋に到着
峰の茶屋まで上りきり休憩することにした。飲み物を買いトイレに寄った。ここからは下り。
下りに入り、車の通行を見極めながら車列のあいだに入った。かなり途切れることなく車列は続いている。軽井沢に向かって車が集中してきているのだろうか。やはり有数の観光地は違う。
本当なら二度上峠を終えたら今日の旅は終わりにしたかった。しかしながら北軽井沢には鉄道がないから帰りようがない。僕が軽井沢に向かったのはその先碓氷峠から横川まで下って信越線で帰るためだった。あるいは北軽井沢から北上して吾妻線に出ても良かったのかもしれない。いずれにしても北軽井沢からどこかへ向かわなくてはならなかった。
ぐんぐん下り軽井沢の高原地帯に入った。まだ中軽井沢まで下り切っていないよなって場所で渋滞がはじまったから何かと思ったら星野リゾートだった。これが全国のホテル旅館リゾートで名を馳せる星野かと見ながら車列をすり抜けた。別荘地が多くなるとさすが軽井沢らしい雰囲気だと思った。
さすがに混んでいた軽井沢駅周辺
中軽井沢に出てしまえばあとはもう考えもない。ただ国道18号を走りつつ碓氷峠を越えて横川に下りるだけだ。
車で混雑する観光地、レンタサイクルのメッカは自転車を楽しむ人もたくさんいた。タンデム車で楽しむ人もいて長野県ならではだと思う。
華やかな高原リゾートのなかを走っていると、やっぱりどことなく無理に放り込まれてしまったような違和感を覚えた。静かな緑のなかを淡々と進んだ二度上峠のほうが性にあっているようだ。二度上峠を上りながら感じたいろいろなことが心に刻まれる前に、北軽井沢や軽井沢の華やかな雑踏にかき消されてしまうようだった。大型観光バスの排気ガスを浴びることにうんざりしながら、二度上峠の感覚を思い出しながら軽井沢の街並みを無心で走り、そそくさと碓氷峠へ向かった。
あとは輪行するだけ @横川駅