まだ暗い道を駅まで走った。
久しぶりの冬の明け方、体は寒さのなかを走る感覚を忘れてしまっていた。
暗い駅に着き、自転車を輪行袋へしまう。そのひとつひとつの動きが寒さで鈍かった。
それよりも厳しかったのは朝の湘南新宿ラインの電車のなか。朝の上り列車はあまり空調が入っていない。駅ごとに開く扉から入ってくる冷たい風に、小田原に着くころには体の震えが止まらなくなっていた。
まだ真っ暗な朝の岩槻駅
小田原駅。寒くてこの体で走れるだろうかと不安になりながら自転車を組んだ。それでも日は昇ってきたし、体を動かしながら太陽を浴びていれば温まってくるだろうとゆっくり走り始めることにした。
今日の予定コース
小田原→下田
なんだか久しぶりに自転車に乗った。先週久しぶりに風邪で寝込んでしまい自転車に触ってもいない。昨日、準備をしようと空気を入れたり注油をしたりしたときに自転車に触れたのが果たしてどれくらいぶりだっただろうと思うほどだった。
小田原城を見ながら出発
今日は伊豆半島の東海岸を走り、下田まで行こうと思う。
特に目新しいコースではない。国道135号はひと通り下田まで走ったこともあるし、部分部分であれば伊豆の東岸は何度か来たことがある。
夏になれば方角でいえば北、あるいは山のほうへ向かうことが多く、逆に雪や寒さに包まれてそういった方面に向かわなくなる冬の時期に伊豆に来ることが多くなる。だから来たことがあるとはいえ久しぶりだ。
風はほぼないようだ。晴れていてもある程度気温があっても、冬の風は体感気温を著しく下げる。その点ではありがたい。8時半。まだ日は高くない。
西湘バイパスとの合流 冬の朝はまだ車も少ない
低い日の光が海に反射してきらきらと輝いた。まだ高くない日の反射はまぶしいほどだ。
いつもだったら根府川から内陸の旧国道135号(現県道740号)に行くところだけど、その海岸線の風景と、このコースプランニングをしているときに、真鶴道路旧道(現国道135号)は有料道路時代から自転車も走れる、ということを知り、今日は真鶴旧道に行ってみよう、と思った。
なるほど海岸線を行く道は、東海道線の撮影地でも有名な根府川鉄橋(白糸川橋梁)を下から眺めることができる。いつも行く県道はずいぶん高いところから俯瞰することになるのだけど、別の角度から見上げるのは新鮮だった。海と、鉄橋とトンネルを貫いていく列車を一緒に眺めることはできなかったけれど、風景として楽しめた。
真鶴までの起伏を上り下りしているうちにやはり体は熱くなってきた。今日の服装は、下にアンダーのTシャツに長そでの蓄熱シャツ、その上に寒さ対策に半そでのTシャツを一枚着た。そこに長そでサイクルウェアとウィンドブレーカー。久々の冬の輪行サイクリングに細かい調整ができるようにと何枚もの薄手の服を重ね着してきた。
小田原駅を出発してまだボトルの中に入れるドリンクを買っていなかったので、ドリンクを買うついでにいちばん上に着ていたウィンドブレーカーを脱ぎ、これをくるくると丸めてサイクルウェアのポケットに入れた。
真鶴から湯河原への下り坂でいくぶん汗が冷えてしまったけれど、日も少しずつ高くなり暖かくなってきたのでちょうどよかった。
景色が一気に広がる、熱海の海岸への急な下り坂
熱海の市街地でテールランプのスイッチを入れた。ここからの国道135号はトンネルが続くからだ。常にテールランプをつけっ放しで行く。
熱海の海は狭い。伊豆山から下りてきた海岸線は錦ヶ浦に向けて一気に上って終わってしまう。急な坂を上りながら錦ヶ浦のいくつかのトンネルを抜け、橋を渡り、上った分の坂を下って多賀の街へと下りると景色は伊豆らしい海岸線に変わった。
多賀から伊東に向かうには、再び網代から宇佐美への坂を上らなくちゃならない。海岸線の高さまで下りた道は再び坂を駆け上がり、トンネルをくぐり、高い橋を渡って宇佐美へ抜けた。伊東ももうすぐだ。
そう、伊豆の道はこんなふうに勾配だらけなのだ。平らなところがほとんどない。いつも坂を上っているか下っているかの繰り返し。景色はめまぐるしく変わりとても楽しめる。ただ、自分自身のペース配分を忘れてしまうと走ること自体に失敗してしまう。適度な休憩、水分と食事の補給は早め早めに取っていったほうがいい。
これを忘れてしまったことが今日一日を決めてしまったと言ってもいい。
宇佐美から伊東にかけてのえぐるような海岸線
伊東の街を抜け、時間的にも少し休憩を取っていいタイミングだった。国道沿いのマクドナルドでコーヒーでも座って飲むにはちょうどいい距離を走ってきた。
しかし風もなく穏やかで、日も昇り気温も上がり始めた走りやすい気候のなか、僕はあまり考えもせず先に進むことにした。
伊東から川奈の漁港へ向かう県道にルートを取った。唯一今日のルートで国道135号を離れる場所。国道を離れることで道は一変静かになり、落ち着いたサイクリングになった。
車通りも少なく、静かな川奈港への県道109号
宇佐美から伊東市内に続いてきたわずかながらの平地はここで終わった。川奈から城ヶ崎、伊豆高原へ向けてまた再びの坂道。ここの坂は手ごわい。
気づくとボトルのなかのドリンクがずいぶん減っていた。僕は特に冬、ボトルのドリンクが減らない。朝、一度買ったドリンクのまま足さずに一日を終えてしまうことも多い。それは休憩を取ったときにボトルのなかのドリンクには手をつけず、別の飲み物を買って飲んでいるからだ。ボトルのドリンクがなくなりかけているということは、裏返せば休憩を取っていないということだ。加えて、思いのほか汗をかいているということだ。
富戸、城ヶ崎海岸と厳しい上り下りが続いた。底をついたドリンクを買わなくちゃ、と思う。飲み物を買うことにはそれほど苦労しない。コンビニはなくても自販機が定期的な間隔であるからだ。そのうちのひとつで立ち止まり、ボトルに飲み物を足した。
ここの区間、国道135号を走らないのは、勾配が長い──なにしろ国道を経由すると標高で250m前後まで上り続けなくちゃならない──というのもあるが、沿道に現れるレジャー色の強い観光施設が僕の好みじゃないから。川奈から伊豆高原にかけてドライブの車が国道沿いのいろいろな観光施設に吸い込まれていく。少なくとも僕には関係がない。ゆえに海側の県道を通っていく。
そうは言っても城ヶ崎海岸への入口を過ぎた先で県道は終わり、国道135号に吸収される。伊豆高原、赤沢といったあたり、気分的には中だるみだ。
その中だるみの区間を無心で走り抜ければ、断崖と温泉が繰り返す景色の展開になる。大川、北川、熱川、稲取。
景色もローカル色が濃くなり緑と空と海と、道路と線路の景色になる。
海の向こうには伊豆大島が見える──はずだが、残念ながら今日は霞んでしまって見ることができない。
各温泉には伊豆急の駅もある。そしてそれぞれのあいだは断崖を上らなくちゃいけない。
道は一度通して走ったことがある(下田から伊東に向けて、だけど)し、そのだいたいの構成もわかっていたのだけど、なぜかだんだん自分が走れなくなっていることに気づいた。
どうしてだか坂がきつくて仕方がないのだ。
別に速く走ろうとか、スピードの配分とか脚の回転とか、そんなことは僕は何ひとつ気にしないのだけど、それにしてもここまで上れて来たであろう同じ勾配を、同じように上れなくなってきたのだ。
大川温泉へ下り、再び坂を上って北川温泉へ向かう。ここは上りのまま温泉や駅を通過し、熱川へ下る。そのピークにほぼ何とかたどり着いて、下りではもうまったく脚が回らなくなってしまった。
稲取へ向かって再び上りに入った。どうにも走れない。休憩を取ろうと上り坂途中の海岸線に立ち止まった。
坂が上れなくなってしまって脚が止まる
ふと空腹がいけないんじゃないかと思う。
たまたま今日は大豆バーをひとつ持っていた。海を眺めながらそれを食べた。ドリンクも飲んだ。大島は見えないけれど海はきれいだった。
ひと休みを終えてまた坂を上った。何とかピークまでたどり着くと下り、稲取へと下っていく。しかし相変わらず脚が回らなかった。疲れが取れていないようだった。
稲取に下ってくると自分で考えたわけでもないのに、目に入ったコンビニに足が勝手に向かった。
自転車を止め、おにぎりを買った。──やっぱりおなかがすいているのか?
よくわからなかったけどおにぎりふたつを食べた。
コンビニを出るとまた、今井浜海岸へ向けての上りだった。
その上りを走りながら頭をよぎった。──これ、下田まで走るのは無理だ……。
また上りを最後まで上りきれず立ち止まった。箱庭のような小さな入り江が目に入った。
伊豆急下田の駅を目的地にしていたナビを、河津にセットし直した。
最初から行こうと思っていたところに行けないことにちょっとだけむなしさを感じたけれど、自転車に目標やそれに対する達成感を求めたり、スポーツ的要素を求めたりすることは僕の場合ない。だから今日走れるところまで行こう。それでいいと思った。
ナビが示す河津までの距離は4キロ程度だった。
ゴールを手前にし、距離も目前になったにもかかわらず、ずいぶん長い4キロに感じた。走りきれないんじゃないかと思った。それほど長かった。
河津の駅に一度立ち寄った。列車の時間を調べ、食事をしようと周囲を探すことにした。
とはいえ結局コンビニ。カップうどんを買って、あと一ヶ月もすれば河津桜でいっぱいになる河津川の堤防に腰掛けて食べた。
駅に戻るにも数百メートルがひと苦労だった。
どうも胃の調子がよくない。やみくもに食べ続けたけれどおなかがすいていたんじゃないんだ。僕が力尽きていたんだ。休憩も取らずペース配分も考えずに走った結果、たまってしまった疲労を回復できないまま終えてしまったみたいだ。こんなサイクリングは楽しくない。
でもいい、こういうこともあったのだということを覚えておくには。ちょっと反省、反面教師の一日。また機会をあらためて楽しいサイクリングをしに伊豆に来よう。
河津川の堤防でカップうどんランチ
河津駅に何とか到着
今日はここでおしまい。また次回、楽しいサイクリングを。
今日のルート(GPSログ)
小田原→河津