朝の武蔵野線。
座っていたら足元からゆっくり出てくる暖かい空気でうつらうつらしてしまった。気づいたら乗り換えの西国分寺手前、周囲がおびただしい数のハイカーで埋め尽くされていたのでびっくりした。ああ、みんな西国分寺で降りて中央線に乗るんだろうな、下手すれば高尾から先の列車まで一緒なのか、などと思っていたら実際そうだった。
中央線に乗った。普通列車115系は扉を半自動扱いせず、全駅しっかり開けて進んだ。ひと駅ひと駅ドアが開くたびに空気が冷たく感じられていった。長そでアンダーに半そでジャージ、ウィンドブレーカーのスタイルでは寒かったか、と不安になった。
朝8時半、大月駅に降りた。
降り立った大月駅前
今日はここ大月から富士吉田、河口湖といった一等観光地を経て、樹海のあいだを抜けて静岡へ、富士宮から田子の浦の海まで走ろうという目算だ。
まずは昇り始めた日のもとで自転車を組んだ。輪行は他に数人いた。ひとつの駅に数人見かけることは少なくなくなったけど、ハイカーに比べりゃ圧倒的に少ない。大月下車の輪行組は自分の自転車が組み上がるとそれぞれの目的地へと散っていった。僕も出発する。
南へ。富士吉田へと向かう。
鉄道で言うと富士急行、道路で言うと国道139号が大月と富士吉田を結ぶ道になる。自転車は定石であれば国道139号を使うことになるのだけれど、今日はできる限りそれを避けようと思った。国道139号は大月と富士吉田を結ぶ、裏を返せばここしかない幹線道路だ。ありとあらゆる車が利用するうえ、渋滞もいろいろな場所で頻発する。片側一車線で路肩がほとんど用意されていない道路は、車に抜かされるたびに気を使わなきゃならない。途切れない対向車で自転車を抜かすことができずにイライラを募らせている大型車などを後ろに背負ったときに、気にもせずマイペースで走り続ける鉄の心臓は持ちあわせていない。
大月から桂川に沿って進んだ。今日はナビを持ってきたので家で仕込んできた道も追いかけられるし、より走りやすそうな道があれば地図を見ながら選択もできる。
どのくらいの大きさの道が果たして続くのかわからなかったので、仕込んできた道は都留あたりからは国道139号に入れてしまった。しかし実際に走ってみると、リニア実験線を過ぎたあたりから走り始めた高速道路沿いの道が走りやすいことに気づいた。仕込んできたルートからははずれたけれど、地図を追いかけながら高速道路沿いに進んだ。
この高速道路沿いの道が意外にも長いことに驚いた。僕はこれに興味が湧き、果たしてどこまでいけるのかと進んでみることにした。
道は都留を過ぎ、谷村も通り越して桂までやってきた。
桂までくると高速道路は富士急行の線路を越えて向こうへといってしまう。
それにも沿うように道路はついていたが、僕はここから線路沿いの道に乗り換えることにした。ちょうど左前方に富士山が見えた。踏切が鳴り、僕の目の前を昔の京王線色に塗り替えた富士急行の電車が走っていった。カメラを取り出せばよかった。富士山と列車でいい構図たった。ウィンドブレーカーを着る季節になるとカメラを取り出すことが億劫になってしまっていけない。
線路沿いの道は高速道路沿いのようにうまくは行かず、なかなか一直線に走れなかった。スピードを落として地図を見ながら細い路地をあみだくじのように進んだ。しかしそのがんばりも程なくして力尽き、いよいよ僕は国道139号に吸収されることになった。駅で言うと三つ峠の辺りだった。
国道139号はやはり混んでいた。信号のないT字路で出た僕は合流することもうまくいかないほどだった。国道139号を走るあいだ、ぎりぎりを抜かしていく車にびっくりしたり、自分の背丈ほどで回転する大型車のタイヤに恐怖を覚えなきゃならなかった。もっとうまく道を選択すれば線路に沿った路地をつないで走ることができたんだろう、などと考えた。ただ残念ながらいまさら狭い路地に戻ることも面倒になってしまった。
富士吉田市内に入るとこの国道139号もバイパスが分岐していった。おかげで半分くらいの交通量はそちらへ向かってくれたようだった。少しほっとして、どこかで休憩でもしようかと考える余裕ができた。
富士吉田市内の国道139号
富士吉田から河口湖に向かうために突き当たりを右に曲がるが、国道139号も同じように右に曲がる。
片側二車線の大きな道路はまるで首都圏の国道のようだった。一大観光地を貫く大動脈道路なのだからそれはそうなのかもしれない。僕は富士急ハイランド近くの反対車線にマクドナルドを見つけ、信号を渡った。コーヒーを飲んで休憩。
休憩をしながらこの先のコースと昼食をどうするかを考えた。
富士宮を通っていくのならせっかくだから焼きそばを食べたい。しかしそこまでおなかが持つかどうか。
お昼を大きく回ってしまうようであれば富士宮はあきらめて朝霧高原の道の駅とか、途中で昼食を取ることを考えなくちゃいけない。
この時点で11時前。休憩を終えて店を出て11時を回るだろう。ナビを使って富士宮駅で検索してみるとここから45キロかそれと少し。だとすれば2時間かけて1時半くらいには着けるんじゃなかろうか。それまでならおなかは持たせることができるかもしれない。であれば、道の駅朝霧高原も経由することなく、樹海の中の県道71号で抜けてしまうこともできる。ずいぶん距離も違いそうだ。
僕はつなぎにハンバーガーをひとつ食べることにした。実は朝、大月駅に着いたときに駅構内にあった駅そばでそばも食べてきたから、いつものように空腹でだるくなってしまうこともないだろうと思った。
国道139号はやがて一車線になった。交通量は相変わらず多く、渋滞して止まってしまうことこそなくてもすき間なく車が走り続けていた。
道の駅なるさわを過ぎた先、県道71号が現れた。僕は標識に従って左折した。
県道71号 紅葉樹海
県道71号に入るとぐっと交通量が減った。
樹海のトンネルは葉の色づきが真っ盛りで、想定外の紅葉散策になった。いろいろな色が混じり合った紅葉に囲まれてこの道を走ることで紅葉狩りを満喫できる結果になった。これまで紅葉をターゲットにして栃木の奥日光や古峰ヶ原を楽しんで十分に満喫してきたので、今回はあまり紅葉のことを考えていなかった。でも突然の紅葉のお出迎えはうれしかった。
他にも自転車に乗る人が何組もいた。
ちょうどあす西湖で自転車のレースもあるようで──そこかしこに出ている看板で知った──それに参加する人が前日入りして周辺を走っているっていうこともあろうし、それとは関係なく僕のようにサイクリングを楽しんでいる人もいるようだ。とにかくたくさん自転車を見た。
交通量は国道139号に比べたらずいぶんと減ったのだけど、少し走りづらいことに気づいた。
それは車の速度が速いせいのようだった。
県道71号は周囲を樹木に覆われているせいで眺望は利かない(こんなにそばで富士山すらまったく見えない)が、高原をゆく道路で適度な勾配とカーブがある。カーブはつづら折のような箇所もなければ180度も巻き込むようなヘアピンカーブもない。カーブ半径は大きく、角度も90度程度のカーブが続くので、ハンドリングが心地いいのだろう。みるみる車は速度が上がり、適度なGによる快感がさらにアクセルを強く踏み込ませるんだろう。
県道71号の展望駐車スペースから見た本栖湖
手前の草原みたいなところは青木ヶ原樹海
僕は途中からここまでウィンドブレーカーを脱いで走ってきた。
日が昇り始めた途中から体が温まり、脱いで丸めて背中のポケットに入れていた。
峠道のような強い勾配こそないが、大月から見てここまでひたすら上り基調だったから汗もうっすら出るようだった。
とはいえ標高も1100mを超え、このまま下りに突入したら体が冷え切ってしまうことは明らかだった。ここまでのあいだも何度か下りに切り替わりここが着込むポイントかと何度か立ち止まったが、その先に必ずといっていいほど上り返しが現れるので機会を逸していた。
それでも展望駐車場を過ぎてから、いくらなんでもそろそろではないかと思い始め、それに標高を考えたらもう着込んでしまっても悪くはない、そう思えてウィンドブレーカーを着た。
程なくして道は長い下り坂に突入した。ウィンドブレーカーを着込むタイミングも絶妙だったと言ってもいい。
下りに入ってしばらくすると樹海を抜け、一気に周囲の眺望が開けた。そして真横に大きな富士山が姿を見せた。雪をたたえた富士山は南西からの日差しを受け光っていた。下りの途中にもかかわらず、思わず立ち止まって写真に収めた。
やっと富士山の全貌をカメラに収めた
さらに下る。
やはり下りは寒かった。おまけに向かい風気味の横風がウィンドブレーカーを激しくばたつかせる。僕のウィンドブレーカーは自転車用ではないからだ。やっぱりぴったりフィットする自転車用のウィンドブレーカーを買おうか──下りながらそんなことを考えた。
下りは長い長い下り坂だった。途中、なんということのない場所で静岡県に入った。富士宮市だった。
その県境を過ぎてからも富士宮市の市街地に向けてひたすら下った。
1100m以上まで稼いだ高度は、富士宮の市街地に下りてくるまでにおよそ1000mも吐き出してしまった。
今回は体が動かなくなるような空腹に悩まされることもなく、無事富士宮焼きそばの店にたどり着いた。
それでも空腹は空腹だった。
鉄板の席に腰を下ろし注文をして焼きそばが出てくるのを待つ。そのあいだ鉄板では他の客が頼んだお好み焼きやらとろろいもを生地にした不思議なお好み焼きのようなものも焼かれていた。おでんなべも出ていておでんを食べている人も多かった。網で焼き鳥も焼いていた。富士宮だから焼きそばだろうと決め付けていたけれど、他の客は自分の食べたいものを思い思いに楽しんでいるようだった。僕もお好み焼きを食べてみたかった。何でも型にはめて決め付けちゃいけない。紅しょうががずいぶん色鮮やかに映った。
伊東やきそば店
目の前で焼かれる料理を見ていると空腹が加速
おなかを満たして海へ向かうことにした。富士宮から富士へ出て、田子の浦でゴールにしようと思う。
そして富士宮を出発してから、あまりの道路状況の変貌ぶりに驚いた。
道も交通量も走る車も大都市並みに急に変わったのだ。それもどちらかというと工業都市の印象だった。
考えてみれば富士は紙の街。巨大な製紙工場がいくつも並ぶ。だから片側二車線道路に大型車がひっきりなしに走ったっておかしくないのだ。
にしても高原道路から富士宮へ下りてくる道と、富士宮から富士へと向かう道のあまりの差に、同じ市内とは思えない違いにびっくりだった。
新東名を越え、東名高速を越え、新幹線を越え東海道線を越える。さらに国道1号も越えていよいよ田子の浦にやってきた。田子の浦ではしらす丼が食べられるかもしれない──そんなことも考えていた。
ただそれにしては富士宮からあまりにも距離が近すぎた。焼きそばで満たしたおなかは空腹を迎えることはなかった。がんばって食べることができれば、などと考える余地もなかった。
海に近いところの道を少しなめるように走ってきょうのサイクリングを締めくくり、輪行駅の吉原へと向かった。
輪行のパックを終えたら日がずいぶん傾いた
自転車を分解し、パッキングしている最中、何組かの自転車のグループがこの吉原駅前を通過していった。
ほんとうにきょうはよく自転車を見た。
本日のルート(GPSログ)