さて新潟県の十日町に行こうなどと急に思い立ったのは18きっぷをどう使おうかを考えていたからではなく、久しぶりに「へぎそば」を食べてみようかと考えたからだ。もちろん今の時期に行くのであれば、少々持て余し気味になっている18きっぷを使うことは必然で、十日町へ行く、と、それに18きっぷを利用する、でどうやら上手く計画が立ちそうだということになった。
ちなみにへぎそばとは新潟県の特に中越地区でよく見かけるそばで、「へぎ」という長方形のお盆のような器に載せられて出てくることからそう呼ばれるらしいけれど、そばの麺自体も特徴的で布海苔とかいう海草をつなぎに使うらしい。
僕はこれまで越後湯沢や塩沢で食べたことがある。もうずいぶん前の話だ。どんな店に入ったかも忘れてしまったほどだ。それなら今度は本場のひとつ十日町へ行ってみようと思った。
例によっての高崎線下り初発大宮5時40分の列車に乗った。この18きっぷ三回目の使用で三回ともこの5時40分の高崎行きだ。偶然と言うかなんと言うかよくまあ同じ方面にばかり出かけることだ。日本全国で使えるきっぷなのだからもっと多方面に出かけたって良いものを。
高崎からの乗り継ぎは今日は上越線の水上ゆき。この列車が驚くほどの乗車率だった。考えてみれば今日は平日、会社勤めと思われる人が多い。列車は新前橋で席が埋まり少なくとも沼田まではその状態だった。新前橋から乗ってきたとすると両毛線からの乗り換えか、沼田まで行くとなるとそれなりの通勤時間になるはず。関東近県から都心へ通勤する人ばかりが長い時間かけた通勤をしているかというとそうでもない、地方でもそれなりの長い距離を通勤している人はいるのだ。
水上で10分少々の乗り継ぎでさらに先へ。列車は長い長い新清水トンネルに入り、トンネルのなかの駅土合に着くと山へ向かう人がたくさん下車していった。谷川岳へ向かうのだろう。
僕はそのまま列車を乗り通し、中里、湯沢と通り越して石打で下車した。
かつてスキーをやっていたころ何度となく訪れた場所ながら、石打駅で降りたのは二度目だ。ほとんどは車で来てしまうか、新幹線の場合は越後湯沢で降りてしまうからだ。在来線の特急でやってきたことがあるその一度だけだ。
ずいぶんと事務的お役所的な印象の駅舎だこと
十日町へと向かうのに、ここ石打から国道353号で十二峠を越え、JR飯山線沿いへと出てしまうつもりだった。
しかしコースを定めようとツーリングマップルを見ていると、紫色に塗られた道(ツーリングマップルで紫に塗られた道はツーリングマップルのお勧めの道)があることに気付いた。魚沼スカイラインと書いてある。
ならばとこの魚沼スカイラインを通るようGPXファイルでルートを作成し、ナビに読み込ませてきたのがきょうのコースだ。
石打の駅前から国道353号に入るといきなり上りだった。スキー場銀座のこの辺り、まるでスキー場の斜面にあわせるように坂道を上っていく国道353号はまさにアップなしでのいきなり上りだ。石打まで列車で来ずに越後湯沢で下りて少し足慣らしをしてから十二峠に向かったほうが良かったかもしれない。
空はとにかく青く、気温はぐんぐん上がっていった。
ぐんぐん上る国道353号
上越新幹線の下を抜けて…
(上越新幹線はスノーシェッドに覆われ、その下の国道にはコンクリートで作られた更なるトンネル)
まるでマジンガーZの口のようなぐるっと湾曲したスノーシェッド
十二峠トンネルまでの道もだんだんと勾配が険しくなった。8%の表示を見た。それを過ぎてさらに上るにつれもっときついんじゃないかと思った。きついという個人的感覚だから実際に8%以上あったのかは知らない。でもきつかった。途中工事をやっていて片側車線規制をしていた。上り坂のなかで車線規制があると哀しい。交互に交通を流し、車が通り過ぎてしばらくして僕が規制区間を抜ける。誰も出発できない。自分のせいのようで気分が悪い。
十二峠トンネルが見えてきた。石打側からは上りのままトンネルをくぐる。約1.3キロ。
スノーシェッドからそのまま十二峠トンネルへ突入する
十二峠トンネルを出てすぐ、魚沼スカイラインへの分岐があった。大きく表示されているとは思っていなかった。おそらく林道レベルの小さな県道だろうと思っていたからだ。
魚沼スカイラインに入るとセンターラインのない道で予想していた通りの上りだった。上りは目分量で8%くらいで続く。
スカイラインとははっきりとした定義こそないと思うが、おおむね山の稜線上をゆく、眺望にも優れた道で、観光目的の道路につけられることが多い。名前に惹かれても眺望面で実はぜんぜんだったというスカイラインもあるが、ここ魚沼スカイラインは上るにつれなかなか見ごたえのある景色が展開された。
しかし上っている自分自身はそれどころではなかった。
眺望に優れるスカイラインは逆にさえぎるものが少なく、路面に日陰は少なかった。上るにつれ日陰はほとんどなくなった。気温はゆうに30度を超えているようだった。
魚沼スカイラインにはコンビニなどは当然だが、商店などひとつもなかった。人家もない。電柱もなく電線が張られていないので、沿道には自販機も一台もなかった。
僕のボトルがどんどんと空に近づいていくころ、ここまで見えていた石打方面の眺望に加えて六日町方面も景色が広がった。ここに来て勾配が10%を超えたようだった。目測だ。きょうは持久力とペースの配分とをすっかり間違えてしまったようだ。ぜんぜん上れない。ふだんならば客観的にはともかく、主観的にはもう少し上れているんだろうと思った。僕の力量ではどうしたって無理なのはわかっているが、勾配が10%を超えたのできつくなり始めた──的な書き方を一度でいいからしてみたい。ずいぶんな背伸びだ。
魚沼スカイラインへの入口を示す道路標識
魚沼スカイライン入口
センターラインのない上り坂が延々続く
上っても上っても田んぼで稲作が行われているのには驚いた
広がる景色・六日町方面
広がる景色・石打、湯沢方面
魚沼スカイラインは道沿いには本当に何もない。ただただ目に入る景色を楽しむだけだ。無数のタイヤ痕が路面に残っていた。夜は車の遊び場になってしまっているのだろう。この時間にドリフトをする車が現れないことを僕は祈った。
何もない魚沼スカイラインに四箇所、展望台と称する駐車スペースと高台がある。
そのうちのひとつ魚沼展望台に到着した。
唯一施設としてあるのがトイレだ。やはり電気が来ていないのか自販機はなかった。温存するボトルももう底が近い。
柵で囲われた高台から眺める展望は目新しいものではなかった。道の眺望があるので、ここまで走ってきたときに見た景色の総括だった。魚沼展望台はそこから見える山々がなんなのかを説明した解説版があった。照りつける太陽の反射が強くてよく読めなかったが、苗場山までも見通せるようだった。山の稜線は見えたが、どれが苗場山なのか僕にはわからなった。
どうやら魚沼展望台はここまでの最高点であったようで、その先は激しい下りになった。多少上り返しはあるもののどんどんと高度を下げていく。
途中、冬は上越国際スキー場のゲレンデの真っ只中になるのだろう、リフトが左右に無数にかけられていた。
それでも自販機はなかった。
県道76号との交点を通過した。
大沢から上ってきて十日町に抜ける県道だ。メインルートとしてこのスカイラインのはるか下にトンネルが掘られたため、上がってくる車はほとんどないようだった。トンネル経由も県道76号、いわばこちらは旧道の扱いだ。
なぜか大沢方面に下りるほうは通行止めだった。
その交点を過ぎるとまた少し上って今度は十日町展望台が現れた。
同じようにトイレがありそれ以外は何もなかった。
僕は迷わず自転車を止めた。トイレに立ち寄ろうかと思ったのもあるが、十日町側の眺望が広がっているのかと思ったからだ。湯沢、石打、塩沢、六日町と魚野川が流れる流域の景色はここまで走りながらも見てきたが、十日町側の信濃川沿いの景色はきょうまだ見ることが出来ていない。
上越国際スキー場のリフトが道路をまたいでいく
十日町展望台
十日町展望台から十日町側の景色を楽しむことは出来なかった。僕が勝手に名前で想像を膨らましていただけだった。見えたのは変わらず湯沢、石打、六日町の景色だけだった。
出発すると県道82号との交点を過ぎた。
こちらは塩沢から上がってきて十日町に抜ける県道。ここもまた十日町側へ下りる道が通行止めになっていた。
僕はこの先魚沼スカイラインを走りきるために国道253号との交点まで向かう。八箇峠というらしい。
魚沼スカイラインは立派なスカイラインだ。さえぎるものが本当に少ない。おかげで日陰がない。いよいよボトルは底を突いた。日差しとアスファルトの照り返しにやられからだの疲労もふだんより断然早く、意識も朦朧とするかのようだった。だからうすぼんやりと目に映った景色はかげろうのように見えた。
まさにピンボケ写真のように映ったその光景は、結局かげろうでも幻覚でもなんでもなく、なんのことはない本当の通行止めだった。
魚沼スカイラインはバリケード封鎖され、一台の軽バンが止まっていた。
ふだんだったらバリ突破が頭をよぎるが、軽バンには人がいてそれはかなわなかった。仕方がないので会話をする。
「ここ通れないんですか?──十日町に行きたいんですがどうすればいいでしょう」
「ジョウコク(上越国際スキー場のこと)のあたりまで戻ると県道76号ってのがあるから、それを十日町川に下りることになるね。その手前に県道82号ってのがあるけど、十日町側は通行止めで」
「確かに閉鎖されてました。スキー場までですか……ずいぶん下ってきちゃったな、また上る体力が……」
「なあにもうひとトレーニングだよ、頑張れ頑張れ」
励まされても今日の切れた体力と精神力じゃどうにもならん、けどここにいてもどうにもならんからあきらめて来た道を戻る。
上越国際スキー場はずいぶん下ったあとにあったようで、それほど上らずには済んだ。位置関係と記憶は曖昧なものだった。県道76号との交点に着き、進路を十日町に取って道を下り始めた。ここもものすごい下り坂だった。
下り切ると県道76号バイパスとの交点、大沢山トンネルの出口に出た。
県道76号との交点まで戻ってきた
県道76号の旧道は道細く急な坂
しかし田んぼは山あい深くまである
大沢山トンネル出口に下りる
かかし? かかし祭り??
十日町までは緩やかに下りだった。
放っておくとぐんぐんスピードが上がる、というほどの下り坂ではなかった。おまけに生ぬるい向かい風が吹いていた。おかげで常にペダルを回していなくてはならなかった。なかなか休ませてはもらえなかった。
途中で自販機を見つけすぐに飲み物を買い、また向かい風のなかの下り坂を進んだ。十日町までは距離はあまりなかった。国道117号に出た。ずいぶん交通量が多かった。僕は真っ先に蕎麦屋へ向かうことにした。
緩やかな県道76号の下り
たどり着いたそば屋
「へぎ」という器に入っていないので、ざるそば
そばは布海苔をつかったへぎそばと同じもの
そばを大盛りにしなくてよかった。僕にとっては結構な量だった。
このあとは飯山線沿いに散策をしながら越後川口の駅まで向かおうと思う。
まずは十日町の駅まで行ってみた。
街並みは古く、それでもひどいシャッター商店街ではなかった。商店街がバイパスのない街中を通る国道沿いだからだろうか。どこの地方都市もこうあればいいのにと思う。大きなバイパスが出来ると人の流れが変わってしまう。しかしながら渋滞を引き起こす街中の旧来の国道では交通が成り立たない。難しい話ばかりだ。
十日町の駅は積み木を積み上げたような、きょう出発してきた石打駅のようだった。石打駅と違うのは思いのほか活気があったところだ。ちょうどほくほく線と飯山線が来る時間だったからかもしれない。駅前ロータリーにはバスが入れ替わり立ち代わり入ってきて、駅から出てくる人をいろいろな方面に運んでいった。
僕は飲み物を買って飲みながら、その光景をしばらく見ていた。ひとしきり列車もバスも出て行ったので僕も出発することにした。
十日町国道沿いの街並み
十日町駅 石打と同じように事務的お役所的
商店街はそこらに風鈴が下げてあり、涼しさを演出していた
飯山線沿いに走るということは、信濃川沿いに走るということだった。
考えてみたらずいぶん僕は新潟に縁がない。信濃川という川をはじめて見た。大きな川だった。護岸工事もされておらずスーパー堤防にもなっていない大きな川をみるのは久しぶりな気がした。川はかなりにごっていた。
越後川口は、信濃川本流と支流の魚野川が合流する場所だった。いずれも大きな流れだった。川を渡り街へと入っていくと越後川口の駅が現れた。
これまた似通った駅舎。
はじめて見た信濃川
こういう事務的なつくりは新潟の流行りだったのか?
ここできょうのサイクリングはおしまい。
輪行の準備を整え、これから4時間半の気の遠くなる帰路に着く。