青梅から柳沢峠を越えてきた僕は無事塩山の街の入口まで下ってきた。
もともとはこのまま塩山駅に向かって輪行して帰るつもりでいたのだけど、思いのほか早く下ってこれて、この時点で13時前。
──もう少し回ってもいいのでは?
と思った。
輪行で出歩いているわけだから回り道をしたところで帰りは中央本線のどこかの駅。周辺の駅を思い浮かべる。
甲府方面に向かうなら山梨市、石和などか。ほったらかし温泉?──いやいや今日はタオルを持ってきていない。それにここまでずいぶんひざに痛みを感じてしまっているから、温泉はまずいわな。
逆方向は?勝沼、甲斐大和といったところ。そこから先は笹子越えになる。
あ、笹子峠か──。
思いついたのはもちろん国道20号の3kmにもおよぶ恐怖の笹子トンネルではない。旧甲州街道にある、旧笹子トンネルのほうだ。
この旧笹子峠、去年の9月の台風以来通行止めになっている。
聞くところに寄れば、一度は自転車で行きたい峠に入るらしい。自転車日本百名峠なるものがあるかどうか知らないけど(ちなみに井出孫六氏の日本百名峠では笹子峠は挙げられていない)、まあ多くのサイクリストがあそこはよかった、と挙げる場所らしい。
通行止めからすでに半年以上。ずいぶん長い措置に、旧道だし管理が面倒くさくなってそのまま放置しているだけじゃないのか、などど勝手に思いをめぐらせてもいた。
そしてしばらく前にたまたま、今回のサイクリングとはまったく関係なく、ゲートを突破して通過したという話をどこかで読んだ。
であれば、旧笹子峠に行ってみようじゃないか。通れないならそこから戻ればいい。戻ったら甲斐大和の駅がある。運よく越えられれば笹子駅から輪行すればいい。
もちろん時間が無尽蔵にあるわけじゃないからそれほど遠くない距離で走れる前提があれば、だ。僕はナビで旧笹子峠をセットする。結果、11kmと出た。ナビには通行止めは関係ないようだね。
──これなら大丈夫だな。行こう行こう。
旧笹子峠をお勧めする雑誌か何かの記事で、景色・雰囲気も抜群で、傾斜も比較的緩やかなのでヒルクライム入門者にも最適──のような内容も読んでいた。
傾斜も緩やかなんだったら柳沢峠のように苦しむこともないだろう。
僕は「フルーツライン」という名の農道に進んだ。下調べのない場所なので、ナビの言うとおりに進む。
ナビの言うこのフルーツライン、びっくりするような上りが現れる道だった。下りの先に向かってくるような上りが見えるジェットコースターのような道にはげんなりする。それが何度も現れる。
たぶん、下りっぱなしの柳沢峠からの道で忘れてしまっていたのだろう、僕の体はどうにも疲れているようだ。距離は短いのにうまく上れない。ひざも痛い。淡々と国道20号へとショートカットする道だと思ったのだけど、甘いようだ。
でも考えてみればそもそもこのあたり、笹子に向かえば上りなのだ。中央本線の下り電車は笹子トンネルを抜けると甲斐大和、勝沼ぶどう郷、そして塩山に向けてひたすら抑速ブレーキを使って下っていく。放っておくとどんどん加速してしまう下り区間だ。その逆ルートとなれば上り基調なのは必然だ。
結構な斜度の上り坂のトンネルは正直つらかった。ほとんど車の走らない道だったというのがせめてもの救い。
先に見えるジェットコースターのような上りはウンザリする
勝沼ぶどう郷の駅を下に見る。もうここでやめて帰ろうかとも思う。
でもなかなかこっちのほうまで来る機会もないわけだからもう少し行けるなら行ってみよう、距離もそんなにないことだし、とそのまま突き進む。
下っちゃ上りを繰り返すフルーツラインに嫌気もさしてきたころ、国道20号に合流した。
しばらく旧甲州街道の分岐まで国道20号を進む。今日久しぶりの大交通量だ。それでもこの区間は路側帯が広く走りやすくはある。
とはいえ、道は完全な上りになった。フルーツラインに散々嫌気をさしておいてなんだけど、笹子トンネルに向かう国道20号には下りがない。ただひたすら上る。しかも楽ではない。
──10kmってこんなに長かったっけ。
柳沢峠で食べたたぬきそばはたいした量じゃない。だから小腹もすいていた。
それにボトルの中は柳沢峠で空にしてしまった。もともと塩山駅まで下ってそのまま輪行で帰るつもりだったから、飲み物を追加で買ってない。
──何か買おう。
できればコンビニ。とはいえ柳沢峠を出てから国道411号、分岐してフルーツラインそして国道20号とまったくコンビニがない。
これはコンビニもないかもしれないな……。
自販機もそうそう見当たらないので、ともかく見つけた時点でドリンクだけでも入手することにした。あまりにも僕のペースがのろく、さくっと旧笹子峠にたどり着ける予感がしなかったからだ。
自販機を見つけた。迷わず自転車を寄せ、スポーツドリンクを買う。たぶん何も手に入れられないだろうから、選択肢としてはスポーツドリンクにならざるを得ない。
古風な建屋だ。塩、郵便、懐かしいホーローの看板を見る。
塩、郵便
いよいよ旧甲州街道の分岐を迎える。案内標識もありわかりやすい。ナビの残り距離数から見るに約6キロの上り坂だ。でも事前情報によれば傾斜はきつくない。気楽に上っていこう。
国道20号から分かれると、やはりというか案の定、通行止めの看板が立つ。自、至──自は台風による土砂崩れ、至は未定。絶対に行政が放置しているだけだよな……。
旧甲州街道、県道211号は通行止め
旧街道は中央高速をくぐる。くぐるとぐんと斜度が上がる。一瞬かと思いきや、同じ勾配が続く。道はあっという間に中央高速よりも高い地点へ上った。
──えっ?何これ、ぜんぜん入門向けじゃないじゃないか。
下調べがないので実際にどのくらいの勾配なのかはわからない。もしかすると僕の疲労が限界蓄積で、よりきつく感じたのかもしれない。じわりじわりと速度も落ち、やがてメーターはひと桁を表示する。
にしてもゲートがなかなか現れない。あるいは本当はもう通行止めを解除しているんじゃないの?公開していないだけで……などとも思う。きつい坂にいじめられるとさまざまな身勝手を考える。
沿道にはまだぽつりぽつりと人家や枝道もあるようなのだ。つまりはこれらがなくなってゲートと考えるのが妥当だろう。
そしてゲートが現れる。
ゲート登場
抜けるならここですな
もちろんゲート越えは問題ある行為(……)。
土掘れを見る限り自転車はときおり通過しているんだろう。狭さ、急角度からしてオートバイは原付含め厳しいかな。
ゲートを過ぎてもいたってふつう。交通の障害になるような箇所は見受けられない。
──なんだ、やっぱり道を開けたくないだけなのか?
なかなか進めないきつい勾配をゆくと、鉄パイプのバリケードが現れた。
その先を覗く。
っと、こりゃひどい……。
目の前に現れたのは道路としての実態もまったくないほどの崩落だ。
続いてのバリケード
そして崩落現場
これはまったく回復の兆しも感じられない。これを見て通行止め期間が未定なのも大きくうなずいた。
通行止めにし続けているのが行政の事情だと勝手に思い込んでいた自分を恥じる。
とりあえずそばまで寄ってみる。
──どうするかな。
歩くのもぎりぎりだ。もし残っている部分を切り崩してしまったら工事の方々に当然迷惑もかける。自分の生命もどうだ。落ちたら当分見つけてもらえないだろうな。
ちょっとだけ足を踏み入れてみる。
高所恐怖症にはあまりにも怖すぎる
越えられそうな感じなのでゆっくり歩いて崩落現場を越えていく。僕にはかなりおそろしい。
この状況だから、崩落の向こう側に工事車両つけるためには大月側から上がってくる必要あるはず。
さてその崩落現場を過ぎるといたって順調に走れるようになった。しかし交通の遮断されている区間ゆえ、ガレや折れ枝がばらばらと路上に転がっている。
しかし何より、勾配がきつい。
事前情報で聞いていた、初心者向けだとか緩めの勾配って何なんだ。スピードメーターはひと桁表示、使っているギアから状況判断しても柳沢峠とまったく変わらない。
おかげでえらく時間がかかった。
ひざも痛い。
坂の斜度なんて、感じる人次第だからなぁ。確かにこの坂をノーマルクランクでグイグイ上って行っちゃう人だっているだろうし。
やがて旧笹子トンネルに到着した。
塩山側
大月側
僕はすっかり満足した。
あとは笹子駅へ向けて下ろう。
笹子駅から輪行する。
山あいの駅は雰囲気もいい。こういう駅は好きだ。
駅員もいない駅だったけど、列車の時間が近づくとどこからともなく人が集まってきて、ホーム上は結構な乗客の数になった。
笹子駅にて輪行
静かな山あいで列車の到着を待つ