急に白河のラーメンが食べたくなった。
この土日は日曜日に雨がやってくるらしい。やってくると言っても前日の金曜日だって雨が降ったりしていたのだから、雨の降らないであろう谷間のような日だ。まるで梅雨の季節に週末の天気をうかがっているようだ。
そんなわけでラーメンを食べるために僕は旧陸羽街道を走っていた。
厳密に旧街道をトレースしようとは思っていない。旧陸羽街道の名のついた大きな通りを、白河に向かう経路として選択するという程度だ。
だから宇都宮の裁判所のほうにある日光街道との追分も経由していない。国道4号から宇都宮西口駅前の道に入ってきた僕はそのまま白沢街道を北上していく。
宇都宮駅前でちょうど9時。人ごみと車。朝の雑踏。
宇都宮 宮の橋からみた田川
下調べも手薄で白沢街道イコール旧陸羽街道という勝手な理解をしているのだけど、それがあっているか間違っているのかもよくわからない。でもそうだと思うから進む。間違っていてもラーメンが食べられればいいので気に病むことでもない。今日はこんなルートで進もうと思っている。
宇都宮-(県125)-氏家-(国293)-喜連川-(県114)-
佐久山-(県48)-大田原-(県72)-芦野-(国294)-白河
だいたい旧陸羽街道のコース
鬼怒川を渡り氏家に入る。まるで高速道路のような国道4号を越えて国道293号に入る。コンビニで休もうかな──と思う。
今日は調子が悪いことに、越谷の自宅を出て20キロも走るか走らないかのうちに右ひざがおかしくなり始めた。利根川を渡るころにはもう明らかに痛いとわかるほどになっていて、だましだまし脚を回すだけでも疲れる。ひざの軌跡が悪くなると電気でも流れるかのように痛い。
そんなわけで宇都宮に着くころにもうすでにヘトヘトで、何をやっているのだろうくらいに思える。自転車をスポーツで乗っている人なら今後のひざのことを考えその場で中断すべきところ。痛いときは頭の中に陸羽街道もラーメンも思い浮かばず、どうせ今帰ったところで家ですることもないし、くらいの考えで走り続けていた。ふだんのサイクリングの倍くらい疲れているような気がして、休もう休もうと国道293号を走っていた。
僕の家は菩提寺が喜連川にあることから、このあたりには年に何回か墓参りにやってくる。そのおかげで微妙な土地勘がある。そういえば確か喜連川の町中にコンビニがあったな、その先は大田原まで下手すりゃないだろうし今休むよりもう少し走ってからにしようか──。そう考えて僕はコンビニが何件か並ぶ氏家の町を通過した。
喜連川の築堤上の桜のトンネル
喜連川の町中に有名らしいラーメン屋がある。いつも混んでいて開店前から人が並んでいる。そんなわけで僕は入ったことがなく店の名前も知らない。桜のトンネルを抜け、荒川を渡るとその店があるが、さすがに10時過ぎでまったく人はいないようだった。
さてもう休むぞモード全開でコンビニを探すのだが、ない。繁栄の中心が道の駅を中心とした国道沿いへ移ってしまった小さな町を、右ひざをさすりながら回らない脚で進んでいてもあっという間に通り過ぎてしまった。
微妙な土地勘は、やはり微妙でしかなかった。
そして町を通り過ぎた段階でデジャヴが脳裏をよぎる。
以前も同じような目にあっている。そのときは車だ。あのあたりにコンビニがある──そう思って走るが、おそらく閉店か移転してしまったのだろう、そこにはもうコンビニはないのだ。町を過ぎてから記憶がよみがえってきた。
しかもそれもまたもう何年も前の話。僕の頭の中には、コンビニがあった、しかし閉店した、そこにはもうないという図式が出来上がっているにもかかわらず、このときはコンビニがあったという記憶のみを掘り出すことしかできなかったのだ。
結局コンビニで休んだのは大田原の町に近いところだった。
気づいた地点で1キロほど戻って道を脇にそれれば別のコンビニがあることを思い出した(しかもこの記憶は自信があった)が、先も長いしとうてい戻る気力が生まれてくるものじゃなかった。
でも引き返さないことを選択した結果、悪いことに佐久山を越えて大田原に至るまで10キロ以上コンビニがなかった。だいぶ疲れてしまっていたんだと思う、この間の記憶がほぼない。
へたりこむようにセブンイレブンに入った
ここまでですっかりスポーツドリンクの味にも飽きてしまったし、トップチューブバッグに入れてきた薄皮あんぱんをふたつ食べたこともあって、甘いものは欲しくない。前々日夜中胃痛に見舞われ眠れず、昨日仕事の昼休みに薬を買いに行く始末で(どれだけ体調が悪いんだ……)、コーヒーもあまり飲みたくない。朝、小金井のマックでコーヒーも飲んだし……。
そういやマックでコーヒーのおかわりができなくなったと貼り紙がしてあった。今日からだったのかな。──考えてみたら、おかわりしたことないな。
しょっぱいもののほうが欲しいのだ。だから肉まんとコーンスープでも買うことにした。
なのにコーンスープがない……。かなり探したのだけどやはりない。
あきらめて肉まんと缶コーヒーにした。──なぜここでコーヒー手にするかな。今になると思う。
今日はラーメンを目的にしているから、お腹がすいてもがっつり食べないほうがいい。小腹が空いたらこういうちょっとしたものでつないでいくしかない。
ラーメンは、本当なら久しぶりに「とら食堂」に行きたい。でも話し相手もなく店の前で一時間とか待つのもしんどいし、町から外れている場所ゆえ白河駅までの距離も残してしまう。だから今日は「彩華」に行こうと思っていた。白河ラーメンで僕が知っているもうひとつの店だ。でも白河ラーメンは白河にたくさんある。余裕があれば知っている店を増やしたいところだけど。
ボトルが空になってしまったので、アクエリアスを一本買いボトルに移した。
セブンイレブンを出発して程なく大田原の中心街に入った。大きな山車数台とすれ違う。お祭りなのだろうか。まだ肌寒さも残る4月の下旬、こんな時期に珍しいような気もする。
また僕の脳裏をデジャヴがよぎる。でも今度は別に悪いものではない。──ここ通ったことあるな。
墓参りで喜連川まで来ても、大田原まで来ることはほぼない。それに記憶の目線が車ではない。
もう何年も前になるけど、八溝山へサイクリングに出かけたときだと思う、きっと。
確かあの時は輪行でやってきて矢板から走り始めたんだっけ。ああ、今日は何で輪行してこなかったんだろう、宇都宮あたりから走り始めればよかったんだ──。
ひざは相変わらずだましだましが続いてる。いつもなら休んで少し食べると回復する疲れもあまり回復してこない。ひざをかばっている走りはへんな走り方なのかな。もうこれは帰りの輪行で駅の下り階段が相当つらいことになるだろうな、と思う。
脚を回す気力がなくて数回転漕いでは惰性走行を繰り返す。休みたい自分が休もう休もうという。それでも気力の自分が「じゃあどこか目標置こう、鍋掛まで行こう」という。休みたい自分は鍋掛ってどこ?まだ?と繰り返す。脳内会話の繰り返し。
鍋掛でもまたコンビニ休憩
道端ですわって脚の屈伸をする程度にしようと思っていたら、鍋掛の交差点にはファミリーマートがあった。
さっきのセブンイレブンからそれほど距離も進んでいないから入らなくていいかなと思ったが、軒下にベンチがあるのを見つけ吸い寄せられるように買い物をし、ベンチに座って休んだ。
店に入ったらさっき飲めなかったコーンスープのことを思い出す。しかしなぜかここのファミリーマートにもコーンスープはなかった。前のセブンイレブンで買ったアクエリアスもほぼ口をつけずに残っているし、温かい飲み物もコーヒー、紅茶、お茶ばかり。さすがにもういいや。補給用のゼリー飲料だけ買い、バッグに入れた。
鍋掛を過ぎると山道になった。──山道なのかな。疲労度やひざの具合から考えてどのくらいの坂なのかうまく判断が働かない。それでも何度か斜度のある坂を登ったり下ったりした。
坂の途中、ハザードランプをつけたアウディからじいさんばあさんが下りてきて僕に道を聞く。残念ながら地名を聞いても僕には全然わからない。──地図はありませんか?と聞くと、いいんだいいんだ、という。見せてはくれなかったが手元には折り込み広告の裏に手で書いた、わかりにくそうな地図を持っていた。そういえば僕のばあさんも折り込み広告の片面印刷のものを「うらじろ」とか呼びながらよく取っていたな、とか、最近裏の白い折り込み広告って見ないな、とかいろいろなことを考える。じいさんのアウディ、ナビはついていないのだろうか。
また坂を登り、もう脚を回す気力ももうおきない少し長めの下り坂を惰性で下ると、国道294号に行き当たった。
芦野で国道294号に出る
開けた扇状地は桜が咲き田に水が入る
遊行柳にちなんでみたのか、柳の並木
少し広めに開けた川沿いの台地はその風景が何だか昔話のようだった。坂を下ってきて急に開けたものだからまるで夢でも見ているのかのような極楽にでも連れてこられたような景色だけど、現実として間違いなくひざが痛いからそんなトリップや白昼夢ではないようだ。
確かに国道294号、黒羽から白河に抜ける道はいい道だ。車で何度か通過したことがあって、絶対にここに自転車で来よう、とそのたびに思う場所だった。松尾芭蕉の奥の細道と重なる部分でもあってそれにかかわる観光地化した史跡もあったりするけど、それを抜きにして十分いい風景の中を走れる道だと思う。
なのに、この疲労とひざ痛は何だ。あとで思い出してみても全然風景を堪能できていない。走ることを楽しめていない。
走っているうちに、疲労に耐えられなくなったかひざの痛みがひどかったか、道端になだれ込み自転車を降りて歩道に座り込んだ。休みたい自分と気力のある自分との会話すらなかった。どうしよう、疲れてる。
さっきの鍋掛のファミリーマートで買ったゼリー飲料を飲む。もうこの後半の展開から見て、これを飲んでもさほど回復しないだろうな、と思う。
座り込んで気力を失っている僕の脇を、ふたりのロードが追い抜いていく。ああみっともなく見えるだろうな──。
このあと国道294号は県境の「境の明神」に向けて、ゆるくて長い登り坂になる。ゆっくりと、しかし確実に登る道が響く。疲労のないときに走ってみたいのが本音。
やがて「福島県」の文字と、境の明神が見えてきた。ちょっと回数が多いけどもういい、ひと休みしよう。どうせこの先下り坂のはずだし。
──と、さっきへたり込んでいた僕の横を抜いていったふたり組みがいた。なんとなく挨拶し会話をする。全身から疲れ切った雰囲気がにじみ出る姿などみっともなくて恥ずかしいけど仕方がない。女性ふたり組みのロードは、なんと親子だった。若い女性とそのお母さんだという。那須町から来た彼女たちもまた白河へ向かうという。仕事への30キロを自転車通勤したりしているという。僕は仕事への30数キロを電車通勤している……。
プロチーム「宇都宮ブリッツェン」の応援を追っかけしているというふたりは、ブリッツェンのレプリカジャージを着ていた。格好いい。──よれて疲れ切った旅の者とは違うな……。
それでも会話したのは気分転換になったみたいだった。白河への下りは精神的には楽になっているのがわかったからだ。
急に交通量が増え出し、店や家も増えて明るい雰囲気になる。国道294号からやってくると、急に白河の街に突入するのだ。
白河の駅に立ち寄ってみた。洋風な駅舎、それにあわせてきれいに整備された駅前はみちのくのイメージとは遠い。駅の裏手にある小峰城ではちょうどさくらまつりをやっていた。
白河駅
花に囲まれた小峰城
ああよかった、何とかたどり着けたとホッとし、ラーメンを食べに行くことにした。
彩華は白河のとなりの西郷村にある。新幹線の新白河駅もこの西郷村だ。といってもそれほど走るわけではない。県道37号で東北自動車道をくぐった先だ。
県道37号白河羽鳥線
やっとついた……長い一日
そういえばスキーをやっていたころ、羽鳥湖に何度か行ったことがあったっけ。スキー場に向かう道の雪道整備は概してよくなかったな──。
こんな道だったか。でも街中をショートカットしていたから彩華の前は通っていないかもしれないな。ぐんぐん坂を登っていくんだよな。そんなことを思い出していたら、羽鳥湖に行ってみたくなってきた。今度は新白河まで輪行してきて羽鳥湖まで行ってみようかな。