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    • 2017.12.04 Monday
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    金時山山歩き (2013-09-21)

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       東名高速がひどく渋滞していた。
       札幌から帰郷中の友人Yさんが恒例の山歩きに誘ってくれた。
       僕は山歩きの計画をまったく立てられないのでいつもおんぶにだっこだ。Yさんはふだん山歩きをしない僕に負荷のかかり過ぎないよういつも適切なコースを綿密に考えてくれる。
       そして今回は箱根金時山を選んでくれた。

       新宿から小田急高速バスに乗っていた。これに乗るとなんと登山口にそのままたどり着けるすぐれたバスだった。小田急沿線のYさんは御殿場駅まで出て、僕の乗るバスに合流すると言った。
       バスは85分の遅れだといい、Yさんは御殿場の駅前で結局2時間半以上待ってしまった。僕には何もできなかったけれどなんだかひどく悪い気がした。

       天気は上々だった。ただ着いた時間が遅くなってしまったので、状況によっては金時山はあきらめることになるかもしれないと言った。せっかく来たのに残念な気持ちもあったけれど、そうなったらそうなったで仕方がない。
       乙女峠でバスを降り、そのまま登り始めた。新宿でバスに乗り、降りたその場にこれから歩くべき道があるというのはなんと便利だろうと思った。時間が遅くなってしまったからか、一緒に歩き出したハイカーは少なかった。

       中腹から富士山が見えた。雲はかかっているけれどやっぱり富士山が見えるのは嬉しい。
       途中、だいぶいいペースで来ていますずいぶん取り戻せてますよとYさんが言った。金時山に向かうことになった。

       長尾山を経て金時山に向かう。いったん下っての登り返しだった。前日まで2日間サイクリングをしてきてひざに痛みが出ることが心配だったので、できる限り脚の運びに気を使った。ひざの向きがラフになるとちょうけい靭帯が痛み出す。

       13時前くらいに金時山に着いた。
       歩いている途中、それほど人がいたわけではなかったので混んでいるとは思っていなかったが、山頂は座るところもないくらい人がいた。
       そんな山頂からは仙石原から芦ノ湖までよく見えた。


      乙女峠から富士の眺め


      金時山山頂


      金時山から仙石原、芦ノ湖を望む


       人をかき分けてなんとか座る場所を確保した。岩のうえに座ることになり、バランスは悪かった。
       仙石原と芦ノ湖を眺めながらおにぎりを食べた。

       下りは仙石原へのルートを選んだ。
       ここまで登ってくるときと違い、ずいぶん人が多かった。これから登ってくる人もいて少し驚いた。
       何しろ急な箇所がときどきある。手を使わないと降りられない岩や、足を着く場所を慎重に探さなくちゃならない段差があった。
       そういう点ではYさんは、最初に行った陣馬・高尾山、それから大山、そして今日のこの金時山と少しずつ難易度を上げてきているように思えた。うまいなと思う。

       仙石原に下りるとさすが箱根という巨大観光地だけあり、車が数珠つなぎに走っていた。
       僕らは温泉を探し、しばしさまよった。歩きながら検索し、日帰り入浴が可能な場所を見つけた。便利な時代だと思う。

       汗を流し外に出るとやはりおなかがすいてきた。お昼を山頂で食べたとはいえ、おにぎりふたつだ。
       温泉を出て16時。めぼしいお店を探して歩くが、どこも店がやっていない。観光地の食事施設でこんなもの?──と疑問を抱きつつも結局下山してきたバス停近くまでやってきてしまった。
       バス停の前にはラーメン屋があった。そこなら大丈夫だろうという最後の砦と考えていたが、ここもまた休業時間だった。
       がっくりきてバスで御殿場に下りることにした。本当なら食事をしながら、箱根湯本・小田原方面へ下りるか、御殿場へ下りるかを考えようと思っていたのに、もうここで決めざるを得なかった。

       御殿場の駅前でビールを飲みかつ丼を食べた。うまかった。
       朝と同じように、Yさんは御殿場線で、僕は新宿行きの高速バスに乗り帰路に就いた。高速道路は若干の渋滞があったが、眠っていてまったくわからなかった。


      陣馬山、景信山縦走 (2013-07-06)

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         多くの輪行者がいてびっくりした。
         朝の8時、JR中央線高尾駅。
         僕もこの駅まで輪行してきたことがある。いつだっただろう。道志を抜けて山中湖へと走ったときだったかもしれない。決して回数は多くない。一度かせいぜい二度。
         というのも高尾駅はどこかに抜けられるルートがそうあるわけではないからだ。国道20号で大垂水峠を越えて相模湖へ向かうか、陣馬高原へ向かうバスを追うように進みそのまま和田峠へ向かうか、せいぜいその程度だ。僕が輪行下車駅に高尾駅を選んだときは確か人と待ち合わせをしたからだ。僕がJRで彼は京王。そのくらいの理由だったと思う。
         だからたくさんの自転車乗りが輪行袋を担ぎ改札を抜け、自転車を組んでいるのに驚いたわけだ。ここは北口、京王線から来る人との待ち合わせに使うには適当じゃないし。

         さて僕が今日、この高尾駅北口にやってきたのはサイクリングが目的ではなかった。
         陣馬山への山歩きに誘われていた。自分から山歩きを企画することはまずないのだけれど、誘われて出かけるのはうれしい。企画しないのは僕に山の知識がまったくないからで、レベルの高い山歩きに誘われたとすれば──たとえば南アに行こうよ、とかだ──それは考えてお断りすることにもなる。おそらく、僕に声をかけてくれる人はそれをわかって、ちょっとした山歩きを考えてくれる。
         バスで陣馬高原下へ向かい、陣馬山から明王峠、景信山と縦走し小仏へ下りる計画だと聞いていた。ちょっとした有名ハイキングコースかもしれないけれど、僕にとってはしっかりした山歩きになる。

         陣馬高原下行きのバスは臨時便が出た。高尾駅前から出るバスで最も登山客に人気があるように見えた。僕らが列に並んでいたときにやってきたバスは立ち客であふれ満員で出て行った。20分くらい待っていると臨時便がやってきてゆったり座ることができたけれど、発車するころになると結局このバスも立ち客が出て満員になった。
         僕はこのバスで車内に携帯電話を落としてしまった。バスを降りたあと見つけた人が届けてくれた。足元が狭くひざの位置を高くして折りたたむように座るバスの場合、パンツのわきのポケットに入れておくとするすると落ちてしまうようだ。気をつけようと思った。その日は別のポケットにしまうことにした。

         陣馬高原下から雨にぬれた道路を歩き始めた。今日は天気が良くなりそうだったけれど、空にはまだ雲が残っていた。
         道はちょうど和田峠に向かう道でもあり、何台もの自転車が抜かしていった。みんなものすごいスピードだった。あんなスピードで坂を上れたらすごいなぁと羨ましかった。僕みたいによれよれになりながら坂を上って行く人は全く見かけなかった。僕は和田峠に来るとみっともないことになるなぁ──そんなことを考えながら坂道を歩いた。
         陣馬山へ向かう登山道がなかったから道路を歩いていたわけだけど、やっぱり舗装路を歩くのはしんどかった。しばらく歩くと陣馬山への新登山道が現れた。この道に入るかを話す。旧来からの道は和田峠からで、巻くように進むため勾配はきつくない。対してこの新しい登山道は直登するため勾配は厳しい。しかし和田峠まではここまで歩いてきた道路をさらに進まなくちゃならないため、舗装路を嫌った僕らは新しい登山道を進むことにした。
         高い杉木立に囲まれたルートは、陣馬山の北斜面にあることもあって日差しが差し込みづらいようで、雨で水に浸った場所も多かった。そして歩きにくいだけじゃなく直登のルートであるがゆえ厳しい勾配が続いた。何度か立ち止りつつ噴き出す汗をぬぐいドリンクを飲んだ。うっそうとしている杉の植林は風の流れも遮っていて蒸し暑さも極限だった。
         陣馬山の山頂に近付くとうっそうとした木々は姿を消し、登山道を風が吹き抜けるようになった。まだ午前中で気温が上がっていないのかそれともそこそこの高度による気温差なのか、とても涼しい風だった。蒸し風呂に放り込まれたようにほてった体は程よく冷やされた。

         陣馬山頂にはすでにたくさんの人がいた。京王線のポスターで目にする白馬の像の前ではだれもが記念写真を撮っていた。風がとても気持ちよくてずっと休憩していたい気分だった。すでにおなかがすいてしまって茶屋で売られていたカップラーメンが無性に食べたかった。しかしながら周りがみんなちょっとした補給程度しかとらないのでここで時間をかけてラーメンを食べることはあきらめた。この先、明王峠にも景信山にだって茶屋がある。このルートは茶屋には困らないことはわかっていたので30分もすれば次の茶屋で食べられるからとカップラーメンは食べなかった。

         気持ちいい休憩を済ませ、明王峠に向けて縦走路を歩き始めた。
         縦走路はここまできた陣馬山の新登山道に比べたらはるかに快適で、ぐんぐんスピードが上がってしまう。しかし僕は手放しでまわりのペースについて行くわけにはいかなかった。先週のサイクリングで著しくひざを痛めてしまった僕は、毎晩のストレッチ──こういったことを日々やる癖がなかったからつらかった──をこなし、なんとか「ほぼ違和感がないかな」というレベルにはなった。しかし縦走路は陣馬山から明王峠に向けてゆるい下り基調で、どうしたってひざに負担がかかるのだ。仲間は僕を先頭にしてくれた。
         それでもペースは速かったようで、地図にあるコースタイムよりずいぶん早く明王峠にたどり着いた──あるいは地図のコースタイムというのはかなり余裕を持って記されているのか──。
         ここで陣馬山の茶屋でカップラーメンを我慢した僕に残念な結果が襲いかかった。明王峠の茶屋はやっていなかった。あるいはもうずいぶんやっていないのかもしれない、茶屋の建物にはそんな雰囲気さえあった。
         何も食べられないということが分かると急に空腹感に包まれた。そんなもんだ。仕方がないので手持ちの補給食を口に運んだけれど、僕が食べたいのは甘めの味がついたものではなかった。カップラーメンのイメージに取りつかれているのだ。向かいの席でシングルバーナーを使いソーセージを焼く人がいて、そのおいしそうなにおいもあってうらやましく眺めた。

         景信山へはそう簡単には着かなかった。距離もあったうえ、登り返しがあった。細かい分岐がいくつもあり、やがては同じルートに合流するのだけど、損したルートを選択したりもしていた(追い越した親子連れがまた目の前にいたりした)。陣馬山への急で休みのない登りで使い果たした体力と、下り坂に慣れた体は、ちょっとした登り坂を登り返すのすらも億劫だった。
         それでも何とか昼を少し回ったころに着いた景信山は茶屋が営業していることがわかって、安堵して腰を下ろした。
         
         仲間がテレビで見たという山菜のてんぷらと、ここはなめこ汁が有名だというのでおなかのすいた僕はなめこうどんを頼んだ。
         でも茶屋に並べられていたカップラーメンの容器をみると、もしかしたら本当に自分が食べたいのはこっちじゃないか──などと思った。
         それでも少々しょっぱいなめこうどんは充分に僕のおなかを満たしてくれた。
         薄く霞んだ遠くの景色のなかに、なんとか東京スカイツリーを目に収めることができた。

         景信山のトイレは茶屋から少し下ったところにあった。立派な木道のような木の階段を下ってトイレに向かった僕は、ひざに結構な違和感があることに気付いた。
         ここまで引かれてきた仲間のペースはやはり僕にはオーバーペースだったのか、それともどうしたって僕の今の歩き方と筋力では腸脛靭帯炎は避けて通れないのか、あるいは違和感がなくなったと思っていたひざはただ単に眠らせていただけだったということか、いずれにしても「ちょっとまずいかな」と思わせた。
         トイレから戻り、みんなにこれからのコースを聞いた。高尾山や小仏城山どころか、小仏峠にまわるだけでもちょっと不安があった。僕はこんな状況がなければ、小仏峠まで行き、東京側の小仏かあるいは神奈川側の相模湖に抜けてみたいと思っていた。やはりかつての甲州街道、そして自転車では越えられないルートである道は僕の好奇心をくすぐって仕方がなかったし、こう歩いてやってきているときでなければ僕に旧甲州街道を踏破する機会がないことがわかっていたからだ。
         結果、このまま直線的に小仏へ下ると言う。
         僕は残念でありながらもほっと胸をなでおろすことになった。

         下り坂を経てやがて山道は終わり舗装路へ出た。左手には中央高速が走り右手にはJR中央線の架線が見えた。この道が旧甲州街道なのだろうと直感した。
         今や行き止まりとなった旧甲州街道は独特のたたずまいを見せていた。旧街道に来ると見られる、ゆるやかで角度がなく続くカーブはここでも多分にもれなかった。独特の道なり感にすっかり魅了されつつバス停を目指した。
         ひざの軽い痛みや違和感は景信山で感じたそれから特にひどくなることもなく、うまく持ちこたえたようだった。かなりひざの方向を意識しながら下りたのも功を奏しただろうか。だからというわけじゃないのだけれど、僕の歩く後ろ側、小仏峠へと続いていくこの旧甲州街道に心惹かれて仕方がなかった。

         舗装路の甲州街道を10分ほど歩いただろうか。小仏のバス停にたどり着いた。山を下りてきたここは暑く、湿度もうんざりするほどだった。日蔭の少ない場所ですでにバスを待つ人はたくさんいて、言葉少なに日に照らされていた。でも僕も含め山歩きに満足した表情を多く感じられることができた。僕も満足で楽しかった。
         バスがやってきた。はなから登山客を見越してバスは2台で運転された。小仏からバスに乗り込んだときには2台も必要なのだろうかと思ったけれど、少ないバス停にひとつひとつ停車し、高尾駅に着くころには立ち客が押し合うほど満員になっていた。
         僕は帰りのバスで心に決めていた。山や縦走路を目的にした山歩きではなく、小仏峠越えに特化した山歩きに来るのがいいかもしれない。僕のひざの耐久性、それに僕の興味の向く先を考えた楽しみ方──しかしこれはひとりで来よう、どうしたって個人的事情と個人的目的のかたまりなのだから。

         (山歩きはまだまだ余裕がないのか、本当に写真がない……。)

        ヤビツ・大山詣 (2013-04-28)

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           小田急線の秦野駅に降り立ったのが8時40分。改札前にはたくさんの人がいた。みんな待ち合わせをしているよう。
           そのなかで僕に向かってYさんが小さく手を振っていた。

           Yさんと会うのは1年半ぶり。前回は陣馬山から高尾山へのハイキングに連れて行ってくれた。ここのところ高尾山続きだったので、違うところに行きましょうと計画してくれた。
           コンビニで昼に食べるおにぎりをふたつ調達し、駅前へ出た。そしてYさんが言う。
          「行列に驚きますよ。こんなことになっているとは……」
           Yさんは僕よりも早く着いていたようで、僕が来る前に駅前に出てみたようなのだ。ロータリーへの階段を下りると長い長いバス待ちの行列があった。
           前回向かった陣馬山でも、高尾山から向かうバスがすし詰めだった。でもそんな比じゃない。

           何本もの臨時バスが出て、一度静かになったあとまた何本かのバスが来た。臨時便が行ったり来たりしているのだろうか。
           列の前から順に車内に押し込まれ、僕らは中扉付近に立った。というよりそれより奥に入ることができなかった。
           そして、バスはヤビツ峠に向けて出発した。

           ハイキングは一年半ぶり。そう、僕はYさんと一緒でなければ山に行くことはない。
           山歩きのノウハウもまったくなければ、他に周囲に山をやる人もいない。したがって自分から山に行くこともなければ、Yさん以外が山に連れて行ってくれることもないのだ。
           Yさんさまさまである。

           登山客と自転車でヤビツ峠はいっぱいだった。
           ヤビツ峠はクライマーが集まる自転車のメッカだと聞く。にしてもこれほどまで自転車がいるとは驚いた。バスの車内からも何台もの自転車を見かけたし、それはまるでみなが連なって走っているように見えるほど、たくさんの自転車がいた。
           僕はまだヤビツ峠に自転車で行ったことはない。

           今日はザックを背負い、大山へ向かう。
           Yさんは「バスから降りた人の4分の3は丹沢縦走路に向かうから、大山に向かうルートは混んでいない」と読んだが、見た感じ半々に分かれたようだった。
           大山へのルートは一度上って軽く下りまた上った。抜いたり抜かれたりしながらも人が常に歩いていた。Yさんはこんなに人が歩いているのを見たことがないと言った。
           途中、富士山が見えるポイントが何度があったが、富士山には雲がかかってしまっていた。朝、秦野に向かう小田急線の電車のなかからよく見えただけに残念だった。

           一時間と少しくらい歩いただろうか、大きな合流ポイントに着いた。
           それは大山ケーブルカーから来る道で、大山登山にはごくごく一般的なルートだとYさんは言う。
           絶え間なく人が上り続けていた。そして合流後の山頂へ向かう道もすき間なく人が歩いていた。僕らは何とかその行列のなかに混ぜ込んでもらい、山頂へと向かった。
           それにしてもものすごい人の量だ。まるで巡礼だ。

           山頂まで距離はなかった。おかげでひたすら前を歩く人のペースをコピーするように歩くしかなかったが、時間はさほどかからなかった。
           まるで小学校の遠足が何校も集まってしまったような、座るスペースを誰もが探す事態に陥っていた。
           お昼を少し過ぎ、朝、駅のコンビニで買ってきたおにぎりを昼食にするべき時間だった。
           そういえばここまで上る途中、平らな箇所があれば人がいたっけ。彼らはガスのシングルバーナーを持ち寄って昼食の準備をしているようだった。つまり彼らは山頂をあきらめ、ここで昼にするのだろう。
           僕らは何とかふたりが腰を下ろせる場所を見つけ出し、やっと昼食にありつけた。
           大山山頂からは江ノ島や逗子のほう、反対には小田原そしてつながる相模湾、真鶴半島まで見えた。しかし空気が澄んでいれば、東京まで見渡せるのだとYさんが言った。さらには状況が許せば筑波山も。
           残念ながら今日は横浜をモヤのなかから見つけ出すのが精一杯だった。

           下りは大山ケーブルカーへ向かう計画としていた。
           その下りはずいぶんと急な坂道だった。すれ違う誰もが息を切らせながら上ってくる。その様子を見てヤビツカら来てよかったと思った。
           僕はちょうけい靭帯炎を起こしやすいので、下り坂は特に注意。前回Yさんに連れて行ってもらった陣馬山から高尾山に向かうルートでは、高尾山に着くころには歩けないほどひざが痛くなってしまっていたからだ。
           しかし岩中心の道は足場が少なく歩きづらい。ヤビツから大山に向かうルートは丸太で組まれた階段状の道だったから足場にも幅があった。同じ道幅でも岩中心では歩く箇所が選べなくなってしまう。

           阿夫利神社まで下ってきた。この下りは下ってきたというより人の流れに乗ってきたという感じだ。前後に常に人がつながり、様子の見えにくい前に後ろから追い立てられるよう、後ろを歩いていた山慣れしたおばさんがあまりに距離が近く、僕の足の真横にストックをついてくるものだから滑って僕の足元まですくわれないかとびくびくしながら進まなくてはならなかった。
           それでも「ここまでなら普段着の人も来る場所ですから」というYさんの言葉にほっとした。

           臨時に頻発するケーブルカーは15分程度待つことで乗ることができた。高尾山で見た「ケーブルカー90分待ち」の看板を思い出して恐れていたのだけど、ここ大山は人の多さのわりに待ちが少なくてよかった。まだ人はみな山頂にいるのだろうか。
           そしてふもとで大山豆腐づくしを食らい、バスで伊勢原に出たあと、ひと駅だけ電車に乗って鶴巻温泉へ。駅前の日帰り入浴施設へ向かったらなんと山屋ばかり。誰も考えることは同じなのか。その混雑はまれに見るほどだったようで、従業員が入場制限に追われていた。

           こうした僕の日常にないトリップができるのもYさんのおかげ。めったに一緒に出かけられる機会がないけれどこんなにありがたいこともない。僕の力量を想定して適正なコースを計画してくれる。おかげで僕はついていくだけでいい。
           僕は道路と違って山の道にあまり明るくないので、帰ってきてからコーヒーを飲みながら今日通ったルートを地図や案内図で確認して楽しむのだ。とっても楽しい。


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