小田急線の秦野駅に降り立ったのが8時40分。改札前にはたくさんの人がいた。みんな待ち合わせをしているよう。
そのなかで僕に向かってYさんが小さく手を振っていた。
Yさんと会うのは1年半ぶり。前回は陣馬山から高尾山へのハイキングに連れて行ってくれた。ここのところ高尾山続きだったので、違うところに行きましょうと計画してくれた。
コンビニで昼に食べるおにぎりをふたつ調達し、駅前へ出た。そしてYさんが言う。
「行列に驚きますよ。こんなことになっているとは……」
Yさんは僕よりも早く着いていたようで、僕が来る前に駅前に出てみたようなのだ。ロータリーへの階段を下りると長い長いバス待ちの行列があった。
前回向かった陣馬山でも、高尾山から向かうバスがすし詰めだった。でもそんな比じゃない。
何本もの臨時バスが出て、一度静かになったあとまた何本かのバスが来た。臨時便が行ったり来たりしているのだろうか。
列の前から順に車内に押し込まれ、僕らは中扉付近に立った。というよりそれより奥に入ることができなかった。
そして、バスはヤビツ峠に向けて出発した。
ハイキングは一年半ぶり。そう、僕はYさんと一緒でなければ山に行くことはない。
山歩きのノウハウもまったくなければ、他に周囲に山をやる人もいない。したがって自分から山に行くこともなければ、Yさん以外が山に連れて行ってくれることもないのだ。
Yさんさまさまである。
登山客と自転車でヤビツ峠はいっぱいだった。
ヤビツ峠はクライマーが集まる自転車のメッカだと聞く。にしてもこれほどまで自転車がいるとは驚いた。バスの車内からも何台もの自転車を見かけたし、それはまるでみなが連なって走っているように見えるほど、たくさんの自転車がいた。
僕はまだヤビツ峠に自転車で行ったことはない。
今日はザックを背負い、大山へ向かう。
Yさんは「バスから降りた人の4分の3は丹沢縦走路に向かうから、大山に向かうルートは混んでいない」と読んだが、見た感じ半々に分かれたようだった。
大山へのルートは一度上って軽く下りまた上った。抜いたり抜かれたりしながらも人が常に歩いていた。Yさんはこんなに人が歩いているのを見たことがないと言った。
途中、富士山が見えるポイントが何度があったが、富士山には雲がかかってしまっていた。朝、秦野に向かう小田急線の電車のなかからよく見えただけに残念だった。
一時間と少しくらい歩いただろうか、大きな合流ポイントに着いた。
それは大山ケーブルカーから来る道で、大山登山にはごくごく一般的なルートだとYさんは言う。
絶え間なく人が上り続けていた。そして合流後の山頂へ向かう道もすき間なく人が歩いていた。僕らは何とかその行列のなかに混ぜ込んでもらい、山頂へと向かった。
それにしてもものすごい人の量だ。まるで巡礼だ。
山頂まで距離はなかった。おかげでひたすら前を歩く人のペースをコピーするように歩くしかなかったが、時間はさほどかからなかった。
まるで小学校の遠足が何校も集まってしまったような、座るスペースを誰もが探す事態に陥っていた。
お昼を少し過ぎ、朝、駅のコンビニで買ってきたおにぎりを昼食にするべき時間だった。
そういえばここまで上る途中、平らな箇所があれば人がいたっけ。彼らはガスのシングルバーナーを持ち寄って昼食の準備をしているようだった。つまり彼らは山頂をあきらめ、ここで昼にするのだろう。
僕らは何とかふたりが腰を下ろせる場所を見つけ出し、やっと昼食にありつけた。
大山山頂からは江ノ島や逗子のほう、反対には小田原そしてつながる相模湾、真鶴半島まで見えた。しかし空気が澄んでいれば、東京まで見渡せるのだとYさんが言った。さらには状況が許せば筑波山も。
残念ながら今日は横浜をモヤのなかから見つけ出すのが精一杯だった。
下りは大山ケーブルカーへ向かう計画としていた。
その下りはずいぶんと急な坂道だった。すれ違う誰もが息を切らせながら上ってくる。その様子を見てヤビツカら来てよかったと思った。
僕はちょうけい靭帯炎を起こしやすいので、下り坂は特に注意。前回Yさんに連れて行ってもらった陣馬山から高尾山に向かうルートでは、高尾山に着くころには歩けないほどひざが痛くなってしまっていたからだ。
しかし岩中心の道は足場が少なく歩きづらい。ヤビツから大山に向かうルートは丸太で組まれた階段状の道だったから足場にも幅があった。同じ道幅でも岩中心では歩く箇所が選べなくなってしまう。
阿夫利神社まで下ってきた。この下りは下ってきたというより人の流れに乗ってきたという感じだ。前後に常に人がつながり、様子の見えにくい前に後ろから追い立てられるよう、後ろを歩いていた山慣れしたおばさんがあまりに距離が近く、僕の足の真横にストックをついてくるものだから滑って僕の足元まですくわれないかとびくびくしながら進まなくてはならなかった。
それでも「ここまでなら普段着の人も来る場所ですから」というYさんの言葉にほっとした。
臨時に頻発するケーブルカーは15分程度待つことで乗ることができた。高尾山で見た「ケーブルカー90分待ち」の看板を思い出して恐れていたのだけど、ここ大山は人の多さのわりに待ちが少なくてよかった。まだ人はみな山頂にいるのだろうか。
そしてふもとで大山豆腐づくしを食らい、バスで伊勢原に出たあと、ひと駅だけ電車に乗って鶴巻温泉へ。駅前の日帰り入浴施設へ向かったらなんと山屋ばかり。誰も考えることは同じなのか。その混雑はまれに見るほどだったようで、従業員が入場制限に追われていた。
こうした僕の日常にないトリップができるのもYさんのおかげ。めったに一緒に出かけられる機会がないけれどこんなにありがたいこともない。僕の力量を想定して適正なコースを計画してくれる。おかげで僕はついていくだけでいい。
僕は道路と違って山の道にあまり明るくないので、帰ってきてからコーヒーを飲みながら今日通ったルートを地図や案内図で確認して楽しむのだ。とっても楽しい。