僕はJR常磐線北千住駅のホームですっかり途方に暮れていた。
ほんの気のゆるみから、今日の計画がすべて台無しになってしまったのだ。
本日のルート(結果)
気象庁はこの土日に発生する勢力の強い低気圧に備え、不要の外出は避けるよう訴えていた。
本当なら輪行サイクリングに行きたかった。先週末も天気に恵まれずサイクリングできずじまいだったからだ。
しかしながらこればかりは仕方がない。それに手持ちの青春18きっぷの残1は利用期間が4月10日までであることからもこの週末に使い切らなくては捨てるだけになってしまう。金券ショップに売却してしまうことも考えていたのだけど、いいレートで買い取ってもらうのには先週の週末より前である必要があった。先週末の天気が悪く、最後の週末に天気が好転することを祈りつつ、結果売却せずに手元に置いておいたのだ。今さらの時期に売却してもほぼ値がつかない。それであれば短区間であっても少しでも使っておきたいところだ。
そんなわけで18きっぷの消化は、天気予報から考えて自転車は取りやめ、鉄道旅とすることにした。
今回は水郡線。
意外と近いと思えてしまうことからなかなか乗る機会がなく、それでもいざ計画してみようとすると全線通しの列車は数少なく、なかなかうまく組めないことから、これまで乗ったことがなかった。
そしてこの通し列車が少なく計画の組みにくい水郡線を考え、今回は水郡線だけにターゲットを絞って計画を立てた。
午前中、水戸を9時台に出発する郡山行きがある。前後の時間から考えてこれのみがターゲットだ。
もちろん普通列車のみでこの水郡線に間に合うよう水戸に到着することは可能で、さらに調べていくと常陸太田の支線を往復してくることも可能だということがわかった。その列車は8時台の常陸太田行き。そのまま終点まで乗り通し、同じ列車ではあるが折り返し乗車して支線の分岐点である上菅谷駅まで戻ってくると、ちょうど水戸を9時台に出発した郡山行きに接続できるダイヤだった。
そしてこの水戸駅8時台の常陸太田行きには北千住6時台の常磐線水戸行き普通列車に乗ると間に合う計画も立てられた。
僕が北千住駅のJR改札に立ったのがおそらく6時13分ころだった。改札上の電光掲示に水戸行きが出ていることを確認した。これだ。
今、写真で見ればあきらかに6時15分と書いてあるのが見える。僕は目が悪く、このとき電光掲示がよく見えなかった。そしてそれを僕は6時19分と解釈し(どうしてそう思えたのかは思い出せない)、のこのこと改札前のコンビニにパンと缶コーヒーなど買いに出向いてしまったのだ。
コンビニ袋を提げて改札に向かう僕と、常磐線下りホームから上がってきて改札を抜けてくる人がすれ違う。はたと電光掲示を見るともうそこには水戸行きの文字はなかった。
僕はあわてた。この電車に乗れなければ計画が崩れる。崩れるどころか通し列車が限られる水郡線を乗ろうとする以上、計画そのものが無理なものになってしまう。
──JRの改札口にある電光掲示は、列車入線時にすでに次の列車に表示が変わってしまうのはよくあることだ。
僕はそれを信じ階段を駆け下りた。が、そこにはもう列車の姿すらなかった。遠く前方を目で追ってもすでに列車の形すら捉えられなかった。
とにかく冷静になろう──。買ってきたパンを食べてしまうことにした。
今日はやめて出直すことも一瞬考えたが、今まさに18きっぷに入鋏したところだ、その選択肢はない。現実的な選択肢を考えることにする。
ひとつの方法は、常陸太田支線をあきらめること。水戸−郡山のみの乗りつぶしと考えるならば、水戸を9時台に出る郡山行きはこのあとの普通列車で行っても十分に間に合う。水戸駅で少し時間を持て余してしまうほどだ。
そして携帯電話で調べた時間によるともうひとつの方法として、このあとの普通列車で土浦に向かい、あとから追いかけてくる特急に乗り換えると、水戸で当初の常陸太田行きに追いつけることがわかった。
正直悩んだ。18きっぷは普通列車のみに乗車券として有効なため、特急に乗るには乗車券と特急券を丸まる用意する必要があるからだ。余計な出費がかかることに加え、それは18きっぷの旅としてその主旨はどうなのか。
悩んだ結果、特急を選択した。水郡線に乗りに行く機会はそうは出ないだろうと思ったからだ。そしてそれがなければ、常陸太田支線だけを単独で乗りに行くことが絶対にないだろうと思えたのだ。常陸太田支線を含めたすべての水郡線に重きを置くべきではないか、と。
かくして僕は、昨年車両をすべて一新した、真新しい車両のスーパーひたちから水戸駅のホームへと降り立った。
予定外の列車、そして出費
水郡線。
まずは常陸太田の支線へ。朝の時間帯は水戸から常陸太田への直通列車がある。
常陸太田まで水戸の郊外の雰囲気。列車は下り、朝の下り列車は混雑もなくのんびりしたムードで走る。
とはいえ平坦な田園風景と、まるで高速道路のように車やトラックが行き交う大幹線道路、その周辺ばかりがにぎわうショッピングセンターの風景は別に楽しめるものではなかった。
低気圧の予報に反して、ぽかぽかした日差しが車内に差し込む
上菅谷から分岐して水戸から30分と少し。列車は支線の終点常陸太田に着いた。
列車折り返しの時刻まで25分ほど。真新しい駅舎から外に出て少し散策してみた。
そういや結局乗る機会なくなくなってしまった日立電鉄が同じ常陸太田に来ていた(こちらの駅名は常北太田駅だった)。遺構が残っているかもしれない。
真新しく立て替えられた駅舎と水郡線の車両
JR常陸太田駅からすぐの場所にある日立電鉄・常北太田駅跡
少し歩くとレールの敷かれていたルートが鮮やかに残っていた
折り返しの列車は水戸ゆきとなった。発車が近づくにつれ駅前ロータリーには車が立て続けに入ってくるようになった。みな駅まで車で送ってもらっているようだ。大きな国道、道路周辺の商業施設、車での駅への送迎、車社会なのだなと実感した。
水戸ゆきは定刻に常陸太田を発車した。あまり目新しさのない風景の中を進み、右からの線路と合流し上菅谷駅に到着した。
支線分岐駅の上菅谷では、下りの常陸太田ゆきが待っていた。
日中の時間は常陸太田への支線はこの上菅谷での接続運転になる。この列車は僕がこれから乗る水戸からの郡山ゆきを待っているようだ。
分岐の上菅谷駅
僕が乗ってきた水戸ゆきが出て行ってしまうと駅は静かになった。常陸太田ゆきのエンジンがガラガラと音を立てているだけだ。
駅の放送が郡山ゆきが常磐線遅延の接続を取ったため15分遅れて走っていると言った。
僕は駅の改札を出て駅前に出てみた。古い駅舎の周りは道路がきれいに整備され、不釣合いにきれいだった。数分、あまり駅前から離れずに歩き回ってみたものの、目新しさもないので駅に戻って改札をくぐった。
ホームで郡山ゆきを待っている人の半分くらいは18きっぷでの乗りつぶしじゃないかと思えた。常陸太田の駅でも見かけ、常陸太田ゆきから降り、折り返し列車に乗って上菅谷まで来た人たちだ。
空模様がずいぶん暗くなってきた。風もずいぶん強くなってきた。天気予報が言っていた勢力の強い低気圧がいよいよせまってきたのか。なるべく天候の悪化が遅れて欲しいと祈った。
そんななかきっちり15分遅れて郡山ゆきがやっていた。
上菅谷駅の駅前
雲行き怪し
遅れて入ってきた郡山ゆき
3両編成の列車はいちばん後ろの車両が常陸大子どまりだった。車内はそこそこの混雑だったので僕はしばらく立ったまま外を眺めていた。とはいえ4人掛けボックス席をひとりで占拠している箇所もあるので混んでいるとは言わないだろう。
常陸大宮を過ぎるくらいまで変わり映えのしない景色が続いた。
やがて下野宮あたりから車窓に久慈川が近づいてきて景色が変わり始めた。田園は減り、山が迫ってくるようになった。久慈川は川幅も大きく蛇行した。水郡線と付いたり離れたりして、ときどき鉄橋で川を渡った。
列車は常陸大子に着いた。
乗客の入れ替えがあった。降りた客もいるが乗ってくる客もいる。3両目に乗っていた客で前の車両に移った乗客もいたかもしれない。
3両目の切り離し作業が始まった。遅延分を取り戻してしまうよう手際よく作業は進んだ。18きっぱーは列車を降りて切り離し作業の写真を撮っていた。
常陸大子は水郡線の大きな駅のひとつでもあったので改札の外に出てみたい気持ちがあったけど、作業の手早さと切り離しが終わったらすぐに発車するという車内放送もあり、僕は缶コーヒーを買っただけで車内に戻った。
なつかしのホウロウ製案内標と留置されたキハ
2両になった郡山ゆきが常陸大子を出発した。
いよいよ列車は県境を越える。
水郡線は下野宮と矢祭山のあいだで茨城県から福島県へと入る。ここまで常陸なんとかという駅名が多かったが、ここから磐城なんとかという駅名が多くなる。
ここまで車窓に寄り添ってきた久慈川は磐城棚倉で見えなくなった。
僕は早起きのツケがこのあたりで現れてウトウトしはじめた。磐城塙、磐城棚倉、磐城石川など名のある駅に止まったのは目を開けてみた記憶があるものの、周辺の記憶はすっかりあいまいだった。
列車は福島県に入ってから下り一辺倒になるかと思いきや、上り下りを繰り返しているようだった。上りに入るたびにエンジンの音がけたたましく響いているのがうつらうつらしながらも感じ取れた。
気が付くと列車は川東駅に止まっていた。
ずいぶん長い停車だった。
しばらくすると放送で、列車行き違いをここで行う、発車は12時25分頃になるという。
もともと15分ほど遅れてやってきた列車は、途中遅れを取り戻しながら10分未満になっていた。それがここにきて対向列車(臨時列車らしい)との待ち合わせのため止まる。時刻表では12時07分発だから、ここで20分近い遅れが生まれることになる。
時刻表を見ると、その臨時列車も掲載してある。日によって時刻が変わる場合、それも時刻表に書かれているが、この郡山ゆきには何の記載もない。つまりはここでの列車交換が予定外だということだろうか。時刻表から追ってみる限り、ふたつ先の谷田川駅が交換駅に見える。
臨時列車との列車交換待ち
やっと現れた列車
列車交換で気を揉んだのは、東北本線上り列車との接続だった。
僕はこの列車で郡山に出たあと、13時20分発の東北本線上り黒磯ゆきに乗ろうと考えていた。この列車の郡山到着が12時33分だったので、接続時間を使って駅そばを食べようとしていた。果たしてどうなるか。
しかしあまりの列車交換ののどかさが、そんなことに気を揉んだところで、間に合うものは間に合うし、間に合わないものは間に合わない、そう考えるしかないと思わせた。
対向列車が現れて郡山ゆきも無事に発車した。
もう郡山まで数駅、景色も次第に広く広がった。駅に停車するたび、乗客が乗り込むようになった。車内は郡山へ向かう利用客の路線という雰囲気に変わった。
景色は田園が広がりやがて遠くに高い建物が見えてきた。車窓左手から東北本線と東北新幹線の高架が現れて、やがて合流した。
列車は安積永盛に着き、ここからひと駅東北本線を走る。線路を横断し東北本線の下り線に入った。振動の少ない大きなレールのうえをキハE130は快走した。こんなに安定して高速で走れるのかと驚くほどだった。
富士急行のカラーに化けた205系が留置されている郡山工場の脇を抜け、列車は郡山駅に到着した。
ホームははずれのうえ東北本線のホームに切り欠きされた場所で、ずいぶん追いやられてるなと思った。
同じホーム上にある跨線橋まで歩いていくと、これから乗ろうとする東北本線上り黒磯ゆきが止まっていた。まだ13時になっていない。そばは食べてこられるように思う。
これから乗る列車を眺めたあと、一度改札口に向かった。
郡山駅到着 水郡線完乗